2006年・下半期



12/30
故ジェームス・ブラウンの告別式がジョージア州オーガスタのジェームス・ブラウン・アリーナにおよそ9千人の参列者を集めて行われた。会場にはマイケルも姿を見せ、故人との別れを惜しんだ(写真)。

公民権運動指導者のアル・シャープトン師は、ブラウンとの最期の会話を披露。「ジェームスは私に言いました。『俺はマイケルが好きだ。アメリカへ戻って来る事については心配するなと伝えてくれ。世間はいつだって才能ある者を中傷する。それでも俺たちは音楽をやり遂げねばならない。マイケルを始め、俺のやり方にならった者たちには音楽を再び盛り上げてもらいたい』と。マイケルも、世間から何と言われようとも気にしないと言っています。今日はあなたのためにマイケルが来てくれています、ミスター・ブラウン。今夜、メディアが何と言おうと構いません。ジェームス・ブラウンはマイケル・ジャクソンが今日ここに来てくれる事を望んだのです!」と叫び、マイケルを壇上に呼び寄せた。

観衆の声援に迎えられながら演台に立ったマイケルは、亡きブラウンに対する思いを述べた。「ジェームス・ブラウンは、僕が最も大きな触発を受けた人物です。僕が6歳の頃から、『マスター』の仕事ぶりを見せるために母は僕が寝ていようとも、それが何時であろうとも僕を起こし、また僕が何をしていようともテレビを見るように言ったものです。彼の動きを見た時、僕はすっかり魅了されてしまいました。ジェームス・ブラウンのように演じるパフォーマーは見た事がなく、その瞬間、これこそ僕が一生やっていきたい事だと分かったのです。ジェームス・ブラウン、あなたがいなくなって本当に寂しい。本当に大好きです。色々とありがとう。神のご加護を」。



12/27
25日に73歳で他界したゴッドファーザー・オブ・ソウルことジェームス・ブラウンの訃報を受け、マイケルはレイモン・ベインを通じてコメントを発表した。

「良き師であり、また友人でもあったジェームス・ブラウンの逝去に僕は非常にショックを受け、悲しみに暮れています。ブラウン氏に対し常に抱いていた愛情と尊敬の念は、言葉では充分に語り尽くせません。彼のような人物はこれまでにもおらず、そしてこれからも現れる事はないでしょう。彼はかけがえのない存在なのです。ご遺族には、僕の愛と心からの哀悼の意を捧げます」。



12/24
複数のセキュリティに囲まれたマイケルは、ラスベガス大通りにあるシーザーズ・パレスのフォーラム・ショップスで買い物。



12/23
マイケルが1年半ぶりにアメリカへ帰国。午後10時半頃、マイケル一行はダブリン発の便でラスベガスのマッカラン国際空港に到着。



12/14
マイケルの来日は来年3月に延期へ。レイモン・ベインは、当初19日に予定されていたパーティーの日程変更に加え、新たにファン感謝デーの開催を発表した。

「マイケル・ジャクソンとポジティブプロダクション代表のブロデリック・モーリスの両氏は、2006年12月19日に東京のスタジオコーストで予定されていたクリスマス・セレブレーションを、2007年3月に延期する事で本日14日、双方合意しました。両氏は2007年3月9日に第2の別イベントである『ファン感謝デー』を追加するため、日程の変更で合意しました。これは日本のファン、そして参加を希望する世界各地のファンのためでもあり、3月9日が日本語で『サン・キュー』を意味する事から2人でこの日付を選んだ、とモーリス氏は述べています。ジャクソン氏が参加者とミート&グリート、および写真撮影をする企業向けVIPイベントは、前日の2007年3月8日に行われます。

マイケル:
『3月8・9の両日、東京でのスペシャル・イベントに参加します。東京は素晴らしい所で、両イベントで僕の友人たちやファンの皆さんとお話できるのを楽しみにしています。これまでもファンの皆さんは愛情に満ちあふれ、僕の支えとなってきてくれました。長年に渡り、僕や家族に愛と支援を示してくれた皆さんへ感謝を伝えられるイベントに参加できる事を、光栄に思っています』。

モーリス:
『我々はすべてのマイケルファンにとって、できる限り参加可能でありたいと思っています。ファンは彼のキャリア全般に渡って支持をしてきました。これは彼にとって、ファンに感謝を伝えられるまたとない機会です。このイベントは、できるだけ多くのマイケルの友人やファンが参加可能な形で計画されたものである点を明らかにしておきたいと思います』。

モーリス氏によると、クリスマス・イベントのチケットをお持ちの方は新たな日程で優遇措置を受けられます。チケット購入者は全額払い戻しも可能です」。



12/8
マイケルが、レイモン・ベインを通して日本のファンに宛てたメッセージを発表。

「日本のファンの皆さんへ。僕の今度の訪日に関して、いくつかの混乱があったと聞いています。ポジティブプロダクションとブロデリック・モーリス氏は、東京は新木場スタジオコーストでのクリスマス・イベント参加のため、親切にも僕を招いて下さり、僕もそれを受諾しました。12月19日に僕はクリスマス・セレブレーションに出席します。

皆さんもご存知の通り、今年の5月に僕は日本を訪れました。モーリス氏とポジティブプロダクションはその旅自体も後援してくれたのです。東京訪問の際、子供たちも僕もファンや友人たちと会い、素晴らしい時間を過ごしました。今回の訪問も我々にとって楽しいものとなるでしょう。

僕の今度の東京訪問に関する報道は真実なので、どうぞご安心を。皆さん、そして世界中のファンが、僕や家族に長年に渡って示してきてくれた愛、優しさ、支援に感謝します。皆さんを心から愛しています。皆さんとご家族にとって素敵な冬休みとなりますように。愛を込めて−マイケル・ジャクソン」。



11/21
今年5月に来日したマイケルが12月に再来日する事が発表された。以下は、レイモン・ベインからのコメント。

「2006年12月19日火曜日、マイケル・ジャクソンは、ポジティブプロダクション横浜代表のブロデリック・モーリス氏およびゴッド・ゲート・インベストメント代表のコドウ・ダイスケ(注:原文のまま)氏の主催による、彼を称えるクリスマス・セレブレーションに出席する予定です。このセレブレーションは『Thriller』のリリース25年目を祝うものです。モーリス、コドウ両氏は今年5月のジャクソン氏の東京訪問を主催しました。クリスマス・セレブレーションは東京のスタジオコーストで開催されます。

モーリス氏曰く、『コドウ氏と私は、ジャクソン氏を再び東京へお迎えできる事を喜ばしく思います。セレブレーションは素晴らしい、感動や楽しさに満ちあふれたものとなるでしょう。彼はここ東京に多くのファンや友人がおり、レコードの売上げも、他のどのアーティストよりも上回っています。我々はまた、『Thriller』の25周年と世界1億400万枚のレコード売上げをお祝いします。先日、この記録破りの業績を認めたギネスが彼に賞を手渡した時には、我々も皆とても喜んだものです。我々は12月にジャクソン氏をお迎えする事を楽しみにしています』。

マイケル・ジャクソン曰く、『また日本を訪れて僕のファンや友人たちと挨拶できるのを楽しみにしています。僕を再度招致し、イベントを主催してくれるモーリス、コドウ両氏に感謝したいと思います』」。



11/16
マイケルは子供たちと共に、プリンス・エドワード劇場で上演中のミュージカル「メリー・ポピンズ」を観劇。幸運な数名のファンが劇場内へ招き入れられた。



11/15
ロンドンのアールズ・コート・アリーナで開催されたワールド・ミュージック・アウォード2006にマイケルが出席(写真=会場に到着したマイケル)。会場入りの際、レッドカーペット上で複数のレポーターからパフォーマンスの有無について質問されたマイケルは「僕は賞を受け取るだけ。(パフォーマンスをするとの報道は)誤解だよ。単なる噂だ」と答えた。

授賞式では、「母の胎内にいる頃からマイケルには影響を受けてきた」と語ったクリス・ブラウンが、大勢のダンサーと共に「Thriller」を披露(写真)。ダイヤモンド・アウォードのプレゼンターとして登場したビヨンセは「今夜は『Thriller』の25年間をお祝いしています。もしマイケルがいなかったら、私は決してパフォーマンスをする事はなかったでしょう。彼は私の人生に、すべてのパフォーマーの人生に影響を与えたのです。マイケル・ジャクソン、あなたを愛しています。皆があなたを愛しています」と、マイケルを称賛。

受賞スピーチでマイケルは「このような賞をいただき非常に恐縮する思いです。クインシー・ジョーンズ、ブルース・スウェディーン、ロッド・テンパートンと共に『Thriller』を作った頃、史上最高の売上げを誇るアルバムにするのが僕の夢でした。神は僕の祈りに応えてくれたのです。25年目を迎えて『Thriller』は1億400万枚を売り、史上最も売れたアルバムとなりました。神に、そして皆さんに、この成功を感謝します。僕の42年間の芸能活動を通じて、今まで本当に沢山の人々が僕を愛し、僕の支えとなってくれました。すべての名前を挙げる事はできないので、僕を無条件に愛し支えてくれる素晴らしい子供たち…パリス、プリンス、ブランケットに感謝したいと思います。両親、兄弟姉妹、家族全員の愛と支援に感謝します。すべてのファンを心から愛しています」と語った(写真)。続いて、ギネス・ワールド・レコーズ社のクレイグ・グレンディからアルバム「Thriller」の史上最高売上げ記録の認定書が贈られた。

フィナーレで、ロンドン市内の生徒たちによる合唱団の輪に加わったマイケルは「We Are The World」で久々に歌声を聴かせ、ステージを後にした(写真)。なお、授賞式後に予定されていた「MJWMAファンパーティー」は、チケットの販売や会場の警備面での問題が重なり、急きょ中止となった。



11/14
ギネス・ワールド・レコーズ社が、アルバム「Thriller」の総売上げ枚数を1億400万枚と認定。発売から24年、これまで5000万〜6000万枚とされてきた同アルバムの売上げに関する数字は、一気に塗り替えられた。

午後4時頃、マイケルはロンドン市内のギネス・ワールド・レコーズ社本部を訪問。新たに8部門の世界記録認定書を授与された(写真)。内容は、「史上最も成功したエンターテイナー」、「全米シングルチャートで首位を獲得した最年少ボーカリスト(ジャクソン・ファイヴ当時11歳)」、「全米シングルチャートで初登場1位を記録した最初のボーカリスト(You Are Not Alone)」、「年間売上げ高が1億ドルを超えた最初のエンターテイナー」、「史上最高額の所得を得たエンターテイナー(89年に1億2500万ドル)」、さらに「Thriller」に関する記録では「米国外で1億枚以上のアルバムを売上げた最初のエンターテイナー」、「全米アルバムチャートでの最長期間首位(37週・サウンドトラック盤を除く)」、「最も成功した音楽ビデオ(100万本以上の売上げ)」。

マイケルには認定書の他に、ギネスブックの最新版とマイケルが生まれた58年以降の特別版がプレゼントされた。マイケルは「僕はいつだってこの本の大ファンでした。ありがとうございます。ギネス・ワールド・レコーズ社を訪問できた事は素晴らしい栄誉です」と感想を述べた。



11/13
15日夜に開催される「MJWMAファンパーティー」に、マイケルが参加する見通し。これはイギリスのMJニュース・オンラインとアメリカのMJJフォーラムによる合同企画で、ワールド・ミュージック・アウォード終了後の午後9時から午前3時までロンドンのウエストエンドに位置するカフェ・ドゥ・パリスで開かれる。1週間ほど前に両サイトのスタッフがマイケル側へ招待状を送ったところ、マイケルはこれを快諾。ファンとの対面を楽しみにしているという。当日会場で売り出されるチケットの価格は15ポンド(約3,400円)。

滞在先のホテル「ザ・ヘンペル」のバルコニーから、集まったファンの声援に応えるマイケル(写真)。この日の夜は、カジュアルファッションブランドのトップショップを展開するフィリップ・グリーンらと共に、パーク・レーンの日本料理店NOBUで会食。その後グリーンは、オックスフォード通りの店へマイケルを特別に招待した(写真)。

「彼は本当に紳士的でした。礼儀正しく愛想も良かったので、お互いとても打ち解ける事ができました。私はワールド・ミュージック・アウォード関係者の友人から夕食に誘われたのですが、マイケルは彼らのゲストとして招かれていました。テーブル越しに世間話をしていると、彼が店について聞いてきたので案内する事にしたのです。前もって準備していたわけではありません。大量に買い込むような事はせず、何枚かのシャツとトップマンのジャケットを手にしていきました。彼はスタッフ全員と写真にも収まっていましたよ」と、グリーン。店を出たマイケルに、詰めかけたファンや報道陣から「服はプレゼントか?」との質問が飛ぶと、グリーンは「マイケルは自ら支払うと申し出た」と答えた。



11/12
ワールド・ミュージック・アウォード出席のためマイケルはこの日の夜、ダブリンから空路ロンドンへ入った(写真)。



11/9
アメリカ3大ネットワークの黒人記者の草分けとして知られるCBS記者のエド・ブラッドリーが、白血病による合併症のためニューヨーク市内の病院で死去。65歳だった。この訃報を受け、マイケルがコメントを発表。ブラッドリーは85年と03年にマイケルへのインタビューをしており(CBS 60 Minutes 2003)、04年2月には少年虐待容疑に問われたマイケルを擁護する発言もしていた(ニュース過去ログ参照)。

「CBS『60 Minutes』記者、エド・ブラッドリーの訃報に接し、お悔やみ申し上げたいと思います。全国放送の朝のニュース番組初のアフリカ系アメリカ人司会者として、ブラッドリー氏はテレビのニュースにおける報道やジャーナリストの基準を作り上げるべく、申し分のない規範を示した第一人者でした。ブラッドリー氏はジャーナリズムを駆使して、マイノリティーの壁を自力で打ち破ったのです。我々家族は、ブラッドリー氏のご遺族と友人の皆さんに弔慰と祈りを捧げます。彼は、皆に惜しまれる事でしょう。アイルランド、ダブリンにて−マイケル・ジャクソン」。



10/30
マイケルのワールド・ミュージック・アウォード出席に関して、レイモン・ベインが世界各地のファンに宛てたメッセージを発表。

「すべてのファンクラブ代表者および関係者の皆さん。2006年11月15日午後7時半よりロンドンのアールズ・コートで行われるワールド・ミュージック・アウォードで、ジャクソン氏がダイヤモンド・アウォードを受賞する事を発表でき、嬉しく思います。今年は『Thriller』から25年目にあたるため、ジャクソン氏の今日までの世界総売上げは7億5千万枚を突破しており、ジャクソン氏はその驚異的な記録破りの業績を認められました。彼はまさに、紛れもないキング・オブ・ポップなのです。

ジャクソン氏はこのイベントに参加可能な、できるだけ多くのファンに会いたいと思っています。このため我々は主催者側と協力し、ジャクソン氏のファンへ特別な条件を提供すべく、特別な措置を用意しました。先着200名のファンは入場無料、早い者勝ちです。200枚のチケットが配られた後はすべてのチケットが特別割引料金で販売され、ファンの皆さんにはチケット購入の際に特別なパスワードが与えられます。チケットの入手方法については、今後数日のうちに情報をお伝えする予定です。すべてのファンクラブのメールアドレスを所有しているわけではないため、この情報の伝達は皆さん1人1人にお任せします。

マイケル・ジャクソンへの皆さんの変わらぬ愛、支援、そして思いに感謝します。彼は皆さんすべてを愛し、感謝しています」。



10/29
11月15日にロンドンのアールズ・コート・アリーナで開催されるワールド・ミュージック・アウォード2006(WMA)に、マイケルが出席する模様。主催者側が明らかにした。WMAへの出演は6年ぶり5回目となる。マイケルには、1億枚以上のアルバム売上げを記録したアーティストに贈られるダイヤモンド・アウォードが授与される予定。同賞は過去に、ロッド・スチュワート、マライア・キャリー、セリーヌ・ディオン、ボン・ジョヴィが受賞している。

今年で18回目を数えるWMAは89年から03年まではモナコで行われてきたが、04年はラスベガス、05年はロサンゼルスと場所を移し、ロンドンでは初の開催。発起人のメリッサ・コーケンは「WMAを世界の音楽の中心地ロンドンで開催できる事を、大変喜ばしく思います。イギリスは、世界最高の売上げを誇るアーティストの多くを生み出してきました。マイケル・ジャクソンの存在は、私たちにとって非常にエキサイティングな事です」と語る。他の出演予定アーティストは、ビヨンセ、メアリー・J.ブライジ、ケイティ・メルア、アンドレア・ボチェッリら。授賞式の模様は世界160ヶ国で放送され、視聴者の数は10億人に上る見込み。



10/15
アメリカの芸能情報番組アクセス・ハリウッドのビリー・ブッシュが、アイルランド滞在中のマイケルと会見(写真=左から、ブッシュ、ウィル・アイ・アム、マイケル、番組の総合プロデューサーのロブ・シルヴァースタイン)。この模様は11月2日に放送される予定。

「マイケルの広報兼相談役のレイモン・ベインは、我々(私とロブ)にこう告げてきた―マイケルは、まずは近くのコテージで我々2人だけと会いたい、と。カメラはなし。もちろん我々は同意した。ほどなくして、我々は非常に小ぢんまりとした、慎ましやかな石造りのコテージの朝食の席に着いた。らせん階段を下りながら、彼はやって来た。まずはブーツが見え、続いて黒地で脇に金のストライプが入ったズボンが見え、中に白いTシャツを着たヴェルヴェットのジャケットが見え、そして彼は我々の方を向いた。私の心臓は高鳴っていた事を認めねばなるまい。彼はこの上なく特別で手の届かない、神話の人物なのだから。

私が抱いた第一印象は、彼が元気そうに見えたという事だ。先にここの家主から聞いたのだが、様々なアーティストたちが日々の雑事から逃れるためにこの土地へやって来るという―安らぎと静寂を求めて。マイケルがここに住んでいるわけではないが、彼にはぴったりだった。我々は立ち上がって握手をし、日常生活に関する雑談を始めた。するとすぐに、マイケルはインタビューを受けたくはないと言い始めた。彼とウィルが曲を聴いている間だけはカメラを回してもいいというのだ。私は、取りあえずスタジオに入って、彼がこれ以上はダメだという所までは行きたいと申し出た。やや考え込んだ後、彼は同意した。我々はドアへ向かい、およそ50メートルほど離れたスタジオに向かって歩き始めた。

マイケルは、スタジオでウィルと共同作業をしている間、カメラを回すのは5分間でいいかと尋ねてきた。しかし結局我々は40分近く撮影をし、音楽や復帰に対する彼の思いについての質問もした。彼は緊張して落ち着かない様子だった。本当に複雑な思いに駆られているようだった。我々とは距離を置いてもっと音楽を楽しみたいようだったが、恐らく彼の経験上、またテレビのインタビューで苦しめられる前にその場から去りたかったのだろう。私がいくつかの質問をして10分ほど過ぎた頃、マイケルは一息ついたかと思うと外へ出て行こうとした。彼は突っ込んだ質問をされるのを好まない。そこで彼は、我々が気楽に話ができるよう、ウィルにもっと音楽を流すように指示した。

最終的には、更なるインタビューと撮影ができた。途中、私はマイケルに『Thriller』を新しい世代のためにリメイクしてみてはどうかと提案した。CDやDVD、インターネットを駆使し、技術面に詳しいプロデューサー=ウィルの助けを借りて、基本的には既に発表済みではあるが新しいものを…マイケルの表情が輝いた。驚いた事に、これは彼が考えもしない事だったのだ。音楽が流れ、彼が私の質問をさえぎっている時、そこには生命の活気とエネルギーがみなぎっていたといえよう。彼はちょっとした鼻歌を歌ったかと思うと立ち上がり、音楽に合わせて動きの取れる部屋の奥へと歩いていった…彼は踊り出さんばかりだった。

マイケルは子供たちと共にそこに滞在していた。私が子供たちと会う事こそなかったが、スタジオのオーナーが言うには、彼らは美しい田舎暮らしを満喫しているそうだ。オーナーによれば、マイケルは朝起きては子供たちのために朝食を作っている。大体はオートミール粥と果物だ。ふと私は、マイケルの生活ができる限り普通のものであれば、と願っている事に気づいた。もちろん現実はそうではないのだが。誰も彼について何も知らないのだから…彼は車を運転するのだろうか?どうやら時々はするらしい。携帯電話だって所有していたようだ。すぐ次の日に紛失するまでは」。



9/29
マイケルが、バーレーンのアブドゥラ王子の所有するトゥー・シーズ・レコードとの提携を解消。レイモン・ベインが明らかにした。今年4月には、ガット・レコード会長のガイ・ホームズがトゥー・シーズの代表取締役に就任すると報じられていたが、ホームズがイギリスBBCに語ったところによると、正式な契約は交わされていなかったという。今後は、6月に設立が発表されたマイケル・ジャクソン・カンパニーが、レコード会社としての役割を担う。

ロサンゼルス・タイムズ紙によると、今月初めにタレント・マネージャーのチャールズ・スタントンと、その甥でヒップホップ・プロデューサーのロン・フィームスターが、アイルランド滞在中のマイケルを訪問。フィームスターは、エミネムや50セント、Ne-Yoなどの作品を手がけており、その仕事ぶりを知ったマイケルが呼び寄せた。

スタントンが目にしたのは音楽に集中し、創作意欲に燃えるマイケルの姿だった。過去数枚のアルバムを特徴づけていたR&Bからは離れ、現在のマイケルはより都会的なサウンドを目指しているという。「彼は世界を席巻する準備を整えている。いくつかの新曲も作り上げた。ウィル・アイ・アム(ブラック・アイド・ピーズ)が1曲手がけ、テディ・ライリーもやった。我々はマイケルに、最先端のストリートの音楽を提供している。ハードなパーティー系の曲に彼がメロディーを乗せているよ」。

ベインは、ウィル・アイ・アムもライリーもマイケルと共にスタジオ入りはしていないが、マイケルに聴かせるためのMP3ファイルを提出したようだと語る。「マイケルはその新しい音楽と共に、まさに前進しています。彼はアルバムをリリースする準備をしているのです」。



9/2
この日、マイケルは子供たちと共にダブリン市内の書店、ヒューズ&ヒューズを訪れた。店主のバート・ライトが地元のラジオ番組に語ったところによると、「木曜日(先月31日)にとあるスタッフから電話があり、『子供たちを連れて閉店後に訪問したい人がいるのだが、非公開でお願いできないか』と尋ねられました。その人物に関する情報は一切教えてもらえなかったので、彼らを信用する事にして『分かりました、ご来店の際にはお知らせ下さい。お待ちしています』と伝えました」。

マイケル一行がやって来たのはそれから2日後の事だった。ライトは、マイケルのアイルランド訪問に関するニュースを見聞きしていたため、来店する人物がマイケルであろう事は予測していたという。午後8時半、黒のワンボックスカーが到着すると、3人の子供たちが車から飛び出してきたのに続き、帽子、サングラス、スカーフと全身を黒に包んだマイケルが姿を見せた。店にはライトと、アシスタントマネージャーの2人だけだった。「何だか、非現実的な光景でした。この一言で充分でしょう。我々は彼を裏口から迎え入れました。すると彼は広い2階へ上がっていったので、店内を自由に見て回ってもらったんです」。マイケルは芸能関連のコーナーで、ビートルズの歌詞本の他、数冊を手に取った。

「可愛いお子さんたちは大はしゃぎで、あちこちを駆け回っては『パパ、この本を見て、こんなの見つけたよ』とか、『パパこれ見て、この妖精の本を見て!パパ、見て!』といった感じでした。格好いいスポーツウェアを着たお子さんたちは、自分たちの欲しいものをよく分かっている様子でした」。マイケルについては「下らないメディアが書き立てた話からは離れて、彼が大の本好きである事を発見できたのは予想以上に面白かったですね。映画や音楽に関する文献、歴史書、大型の豪華本などを大量に購入していきました。情報保護のため、詳しい内容をお伝えできるのはビートルズの歌詞本だけです」と述べた。

ライトはマイケルにはほとんど声をかけなかったが、アイルランドの大きな絵本をプレゼントしたところ、マイケルは非常に感激した様子で「何て素晴らしい、ありがとう!あなたは本当に親切で素敵な人だ、ありがとう」と礼を述べたという。「とても元気そうでした。皆さんは、いわゆるマイケル・ジャクソンを期待するでしょうけど、私は『ムーンウォークをやってくれ』みたいな事は一切言いませんでしたよ。まるで、父親が子供たちを特別な旅行に連れてきたようでした。どこへ行っても揉みくちゃにされる一家のためにも、きちんとおもてなしする必要があったのです。彼らはパーフェクトでした」。



8/29
マイケル48歳の誕生日。ヨーロッパ滞在中のマイケルのために子供たちがサプライズパーティーを開いたと、アメリカの芸能情報番組アクセス・ハリウッドが伝えた。パーティーは誕生日に先立って行われ、用意されたケーキや人形劇に「彼はものすごくびっくりしていました」と、レイモン・ベインは述べた。マイケルの元には世界各地のファンからのプレゼントやメッセージが届けられ、ベインによると「本当に素晴らしい日を過ごしています」との事。



8/25
午後2時25分頃、ネバーランドの西側で森林火災が発生。一時、火は建物まで数百メートルの所まで迫ったが、ネバーランドの私設消防団やサンタバーバラ郡消防局、ヴァンデンバーグ空軍基地、米国森林局など100名以上が消火活動にあたり、難を逃れた。従業員や動物たちは避難せず、午後7時半頃には完全に鎮火した。

ネバーランドでは、89年12月に暖房器具を原因とする火事でキリンの納屋を全焼。2頭のキリンは無事だったが、この直後からマイケルは私設消防団を設置した。元従業員によると、ネバーランドには広範囲に及ぶ消火栓システムが備わっており、すべての建物にスプリンクラーが取り付けられ、従業員は定期的な防災訓練を受けている。「ネバーランドは非常によく考えられた設計。備えがあるから、火災が発生しても能率的に正しく対処できると確信している」。



8/7
ゼネラルマネージャーのレイモン・ベインが声明を発表、マイケルを破産に追い込もうとする芸能界史上最大規模の陰謀があったと述べた。マイケルや関係者へ送られてきた文書で明らかになったもの。これによると、かつての顧問弁護士や共同事業者、相談役らによる入念な計画が立てられていた。弁護士は、マイケルを強制破産させる申し立てに加担するよう、専門業者や債権者へ積極的に働きかけていた。

「ジャクソン氏は今年6月27日に全面的な組織改編を発表しました。弁護団には調査を指示し、これらの陰謀や背信行為、私的取引に関与した者に対する申し立てを行うよう要求しました。場合によっては、民事および刑事罰が科せられるかも知れません。また、さらなる関連を調べるため、これらの文書は米国司法長官へ送られる可能性が高いと言えます。

ジャクソン氏はこれらの事実にショックも受けていなければ驚きもしていません。ここ数年、彼の個人的およびプロとしての人生に影響を及ぼした出来事のタイミングからも、代理人や相談役の中には彼にとって不利益となるよう働きかけている者がいるのではないか、と疑念を抱いていたのです」。



7/20
スペインで「Blood On The Dance Floor」が2週連続1位を獲得。

スペインのシングルチャート(7/20付)
1. Blood On The Dance Floor
3. Stranger In Moscow(前週2位)
7. They Don't Care About Us(同5位)
8. Earth Song



7/13
「Visionary」シリーズからの最終シングル「Blood On The Dance Floor」が、スペインで初登場1位に。結果、同国で「Visionary」からは15曲のシングルがトップに立った。

スペインのシングルチャート(7/13付)
1. Blood On The Dance Floor
2. Stranger In Moscow(前週1位)
5. They Don't Care About Us(同2位)
8. Earth Song(同6位)
10. You Are Not Alone(同7位)



7/11
イギリスの音楽雑誌、Qが選出する80年代の最優秀シングルに、マイケルの「Billie Jean」(82年)がトップで選ばれた。2位以下はニュー・オーダーの「Blue Monday」(83年)、プリンスの「Kiss」(86年)、Run DMCとエアロスミス共演の「Walk This Way」(86年)、ガンズ・アンド・ローゼズの「Sweet Child O' Mine」(87年)。また、アルバム部門ではU2の「The Joshua Tree」(87年)に次いでマイケルの「Thriller」(82年)が2位となった。



7/6
スペインのシングルチャートで「Stranger In Moscow」が初登場1位に。同チャートで「Visionary」から14曲目のナンバーワン。

スペインのシングルチャート(7/6付)
1. Stranger In Moscow
2. They Don't Care About Us
6. Earth Song(前週3位)
7. You Are Not Alone

「Blood On The Dance Floor」
・アイルランド(6/29付)19位
・イギリス(7/2付)19位、R&B4位
・オランダ(7/6付)60位
・イタリア(7/13付)10位



2006年・上半期のニュース

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