2005年・下半期



12/25
マイケルは子供たちや友人ら15名と共に、マナーマの大型ショッピングセンター、バーレーン・モール内の遊園地を訪れた。施設は午後4時半からおよそ1時間にわたって貸切となった。



12/23
マイケルはレイモン・ベインを通じて、ファンへのメッセージを公表した。「世界中のファンの皆さんへ。皆さんとご家族にとって素晴らしいホリデー・シーズンとなりますよう。皆さんからのカードや手紙、愛と支援に感謝します。皆さんを愛しています!心を込めて−マイケル・ジャクソン」。



12/22
マイケルが、バーレーンの首都マナーマでクリスマス・ショッピング。バーレーン・トリビューン紙によると、この日午後10時半、市内のアシュラフズを訪れたマイケルは買い物袋7つ分の高級品を購入。リムジンに乗り込む際には店員たちとの握手に応じたという。



12/15
レイモン・ベインがコメントを発表。「ジャクソン氏のハリケーン救済ソングの名前を含め、ウィキペディアで伝えられている情報は事実に反しており不正確なものです」。これは、インターネット上に広まっている「チャリティーソングは12月20日にリリースされる」「タイトルは『I Have A Dream』」といった一連の噂を正式に否定したもの。



12/12
マイケルの初出演映画「The Wiz」(1978年作品)で共演したコメディアン、リチャード・プライヤーが10日、カリフォルニア州エンシノの病院で亡くなった。65歳。この訃報を受けてマイケルはレイモン・ベインを通じてコメントを発表。「リチャード・プライヤーは正に『コメディーの王様』でした。彼のような人物は二度と現れないでしょう。彼の類まれな才能と気風が後進たちにとって良き手本となるなど、彼は第一人者でした。プライヤー家の皆さんには僕からの愛と、心からのお悔やみの言葉を捧げます」。



12/11
イギリスの音楽専門チャンネル、The Boxが「史上最も優れた音楽ビデオ100本」と題した人気投票を実施したところ、マイケルの「Thriller」が1位に選ばれた。調査は7,000人以上の視聴者を対象に行われた。同局の広報を務めるヴィッキー・ティモンズは「1983年に『Thriller』が発表されると、瞬く間にヒットとなりました。時代をかなり先取りしていましたね。ここ数年の間にテクノロジーがめざましい進歩を遂げ、素晴らしい音楽ビデオもいくつか出てきたにも関わらず、今もなお『Thriller』がリストのトップを飾るというのは驚くべき事です」と語った。

トップ10リスト:1. Thriller / Michael Jackson 2. Stan / Eminem 3. Like A Prayer / Madonna 4. Rock DJ / Robbie Williams 5. Sledgehammer / Peter Gabriel 6. Can't Get You Out Of My Head / Kylie Minogue 7. Take On Me / A-Ha 8. Wannabe / Spice Girls 9. Bohemian Rhapsody / Queen 10. Smack My Bitch Up / The Prodigy



12/6
イギリスのMJニュース・インターナショナルによると、来年2月から6月にかけて「Visionary: The Video Singles」(ソニーBMG)のリリースが決定。2月20日発売の「Thriller」(コレクターズボックス仕様)と「Don't Stop 'Til You Get Enough」を皮切りに、6月26日発売の「Blood On The Dance Floor」まで毎週1タイトルずつ、合計20枚のシングルがリリースされる(発売日はイギリスのもので国内盤は未定)。

デュアルディスク(片面がCD、もう片面はDVD)でリリースされる「Visionary」は、各シングルの発売当時のジャケットデザインを復刻。CD面にはデジタルリマスタリングを施した7インチ・バージョンやレイディオ・エディット、リミックスや関連曲を、DVD面にはショートフィルムを収録。20枚すべてのシングルが揃うと、マイケルの写真が完成する。また、各シングルの売上げはイギリスの音楽チャートに反映される。

「Visionary」のリリースにあたり、マイケルは総合プロデューサーとして音楽・映像の編集作業やパッケージのデザインを監修。ソニーBMGのダレン・ヘンダーソンは「マイケルはこのプロジェクトに全面的に関わってきました。史上初となるデュアルディスクでのシングル発売という斬新なアイデアは、現代における最も革新的なアーティストの創造性を象徴しています」と語っている。

※リリース日程(イギリス)
02/20 Thriller + Limited Edition Box
02/20 Don't Stop 'Til You Get Enough
02/27 Rock With You
03/06 Billie Jean
03/13 Beat It
03/20 Bad
03/27 The Way You Make Me Feel
04/03 Dirty Diana
04/10 Smooth Criminal
04/17 Leave Me Alone
04/24 Black Or White
05/01 Remember The Time
05/08 In The Closet
05/15 Jam
05/22 Heal The World
05/29 You Are Not Alone
06/05 Earth Song
06/12 They Don't Care About Us
06/19 Stranger In Moscow
06/26 Blood On The Dance Floor



11/26
ニールセン・サウンドスキャンの調べによると、ベスト盤「Number Ones」の米国内での売上げ枚数が11月20日の時点で100万枚を突破(1,003,141枚)。一昨年11月の発売から2年を経てミリオンセラーに。



11/24
マイケルのチャリティーソングに、「イギリスのアジア音楽ムーブメントの父」と称されるインド出身の打楽器奏者、パンディット・ディニッシュが参加。ロンドンのエッジウェア・アンド・ミル・タイムズ紙が伝えた。同紙の取材に対しディニッシュは「マライア・キャリーやスティーヴィー・ワンダーなどのスターも参加しているんだ。素晴らしいよ。マイケルと知り合いだったエンジニア兼プロデューサーのクリス・ポーターと仕事をしたのがきっかけで、僕も参加する事になった。ニューシングルのためにアジア系のミュージシャンを探していたらしい」と語った。

レコーディングは10月にマイケルがロンドンを訪れた際、メトロポリス・スタジオで行われた。ディニッシュは当時を振り返り「マイケルは素敵だった。凄く子供のような人だったけどね。こういう作業はいつもそうだが、長い時間はかからなかった。各自のパートを別々にやる訳だけど、それでも彼に会えたのは嬉しかった」。またディニッシュも、MTVの取材に応じたシアラ同様に曲名を「I Have A Dream」と明かした。



11/18
ビル・ブレイの死去に際し、マイケルはレイモン・ベインを通じてコメントを発表。「僕の大切な長年の友人、ビル・ブレイ氏の逝去に深い悲しみを覚えます。僕が世界中を旅した時、ブレイ氏はいつも僕のそばにいてくれました。ビル・ブレイは、僕の心の中でいつまでも特別な存在であり続けるでしょう。ブレイ一家には、僕からの愛と心からのお悔やみを申し上げます」。



11/15
マイケルの元警備責任者、ビル・ブレイ(写真)が亡くなった。80歳。レイモン・ベインは「ビル・ブレイの訃報を聞き、マイケルは深く深く悲しんでいます。彼にとっては長年の友人で、指導者で、非常に信頼の置ける相談役でもありました」と伝えた。マイケルはブレイの遺族に哀悼の電話を寄せたという。

ロサンゼルス市警だったブレイは1968年頃にモータウンに入り、71年からジャクソン・ファイヴの警備責任者を務めた。その後モータウンを離れて79年からマイケルの警備を担当するようになり、2000年頃に引退。マイケルは88年の著書「Moonwalk」の中で「ビルがいない生活など想像もつかない」と述べている。



11/14
2005年FIAクロスカントリーラリー・ワールドカップ最終戦「UAEデザートチャレンジ」の表彰式が、ドバイのル・メリディアン・ミナ・セヤヒ・ビーチリゾート&マリーナで行われた。マイケルは大会委員長を務めるモハメッド・ベン・スレイヤムらと共に出席。四輪部門優勝のステファン・ペテランセルや、二輪部門優勝のシリル・ドゥプレらに優勝盾を手渡した(写真)。



11/10
マイケルのチャリティーソングに参加したシアラによると、新しいタイトルは「I Have A Dream」だという。MTVが伝えた。「とても美しい曲。何が素晴らしいって、メッセージが込められている上に正当な理由がある事ね」と、シアラ。このタイトルについてマイケル側からの正式なコメントはまだ出ていない。



11/8
マイケルはこの日、イギリスの老舗ファンクラブ、MJニュース・インターナショナル会長のグロリア・ヘイドックに電話を入れ、世界中のファンに宛てた感謝のメッセージを託した。「みんなのやってくれている事はすべて目にしている。ひとつも見落とす事はない。みんなからの手紙やポスター、プラカード、贈り物すべてに目を通し、肌身で感じているよ」。また、裁判中に書いた「You Are So Beautiful」という曲のレコーディング計画も明かした。



11/3
レイモン・ベインがAP通信との電話インタビューで「チャリティーソングは完成に近づきつつあり、マイケルは今月中のリリースを望んでいる」と語った。ベインによると、中東に滞在中のマイケルは、これまで12人のアーティストと衛星中継や電話を通じて作業を進めてきた。「あとはもう2〜3人のレコーディング終了を待つばかりです。マイケルは現在急ピッチで作業中で、進行状況には満足しています」。マイケルは数回にわたって曲を書き直し、予定していたタイトルも変更。結果、参加アーティストは12人前後になるだろうとベインは付け加えた。作曲およびプロデュースはマイケル、共同プロデューサーとしてR.ケリーが名を連ねている模様。この曲の収益金は、ビル・クリントン/ジョージ・ブッシュ・カトリーナ基金を始めとする3つの団体へ寄付される。



10/27
レイモン・ベインが明らかにしたところによると、マイケル以外の参加アーティストがレコーディングを開始した。作業は10月25・26日にロサンゼルスのコンウェイ・スタジオで行われ、シアラ、スヌープ・ドッグ、シャーリー・シーザーらが参加。マイケル自身はスタジオ入りせず、電話や衛星中継で指示を出した。今週はBET(ブラック・エンターテインメント・テレビジョン)25周年記念行事のため多くのアーティストが現地に滞在しており、ベインは「彼は各ボーカルを録音するには絶好の機会と考えたのです」と語った。

ベインによると、マイケルは各アーティストへ曲を送付する前に、今月初めからロンドンのスタジオで内容を仕上げつつ微調整を行ってきた。しかし曲の手直しをしたところ、当初予定していたほど多くのアーティストを必要としなくなったという。「まだまだ他にもボーカルを録らねばならない人たちもいます。今後マイケルは彼らと共にコーラスを録る予定です。発売の準備が整うまでには、もう2〜3の段階が必要です」。また、当初の曲名「From The Bottom Of My Heart」も変更され、数日中に新しいタイトルが発表される見込み。



10/26
マイケルは、2001年制作のチャリティーソング「What More Can I Give」でプロデューサーを務めたマーク・シャフェルを、資金の隠匿および横領でロサンゼルス上級裁判所に10月18日付で提訴した。弁護士のブレント・アイスカフが明らかにした。シャフェルは昨年11月、2003年の特番制作費80万ドルと過去3年間にわたる貸付金230万ドルが支払われていないとして、マイケルを訴えていた。

しかし今回の訴状によると、シャフェルは「What More Can I Give」の制作費の支払いに失敗し、マイケルとの仕事が終了した後も関係者であるかのように装っていた。また、シャフェルはマイケルが所有する25万ドル相当の彫像や絵画を無断で保持、ネバーランドの抵当権までも入手しようと試みていた。



10/24
イギリスの競売会社、クーパー・オーウェンのオークションにマイケルの手書きの歌詞が出品された。ノート用紙に鉛筆で書かれたもので、表には「Crack Kills, You Mother, You Father, You Sister, Your Little Brother (コカインは人を破滅させる、母も、父も、姉も、あなたの弟も)」で始まる23行の歌詞が、裏側には未発表の歌詞の一節や顔の落書きがある(写真)。オークションは10月27日にロンドンのマダム・タッソーろう人形館で行われる。



10/18
この日の朝、ザ・ドーチェスターをチェックアウトしたマイケル一行は空路バーレーンへ戻った。



10/16
マイケルはマーブルアーチのオデオン劇場で映画「ウォレスとグルミット」の新作を観賞。また、クリス・タッカーがマイケルの宿泊先を訪ねたという。



10/12
マイケルは子供たちと共にロンドン市内の高級デパート、ハロッズへ(写真)。BBCの「驚異の恐竜王国」シリーズを始めとする数十枚のDVDなどを購入。マイケルは特にプラズマテレビに興味を示したという。ハロッズのオーナーでマイケルの親友でもあるモハメッド・アル・ファイドとも面会。約2時間の買い物を楽しんだ。



10/10
2002年2月に映画配給会社ネバーランド・ピクチャーズをマイケルと共同で設立したプロデューサーのラジュ・パテル(写真)が、ガンのためロサンゼルスのロングビーチ記念病院で亡くなった。45歳。マイケルは「僕の親友であり仕事面でのパートナーでもあったパテルの訃報を聞き、ショックと共に深い悲しみに暮れています」とのコメントを寄せた。マイケルとパテルは、シルヴェスター・スタローンやジャッキー・チェンなどの大物スターを多数起用した映画「Hanuman」の製作を計画していたという。



10/9
この日もマイケルは子供たちと共に外出、マダム・タッソーろう人形館を訪れた(写真)。館内では多数のスタッフがマイケル一行を出迎えた。



10/8
マイケルは子供たちを連れて映画「リトル・ダンサー」のミュージカルを観劇すべく、ヴィクトリアパレスシアターへ。開演15分後に劇場へ到着したマイケル一行の周りには待ち受けた数百人のファンや報道陣が押し寄せた(写真)。劇場内での休憩時間には観客と言葉を交わしたり、サインに応じていたという。

50年代ロックンロールの大御所、リトル・リチャードがメーコン・テレグラフ紙に語ったところによると、マイケルのチャリティーソング「From The Bottom Of My Heart」のレコーディングのため、リチャードはスティーヴィー・ワンダーやパティ・ラベルと共にバハマを訪れた模様。



10/7
マイケルがロンドンでファンの前に姿を見せた。宿泊先のザ・ドーチェスター周辺には噂を聞きつけた多数のファンが集結。午後9時過ぎにはチャリティーソングの録音作業のため、メトロポリス・レコーディング・スタジオへ(写真)。



10/3
マイケルと彼の所有するMJカンパニーが、ドイツのコンサート・プロモーター、マルセル・エイヴラムと、エイヴラムの運営するママ・コンサーツ&ラウ社を和解合意に関する協定違反で告訴した。

1999年暮れに予定されていたミレニアム・コンサートの中止を巡り、当時エイヴラム側はマイケル側を契約不履行で告訴、2120万ドルの損害賠償を求めた(ニュース過去ログ1999年および2002年11〜12月分参照)。マイケル自身も証言台に立ち「中止を申し入れたのはエイヴラムだった」と主張したが、サンタバーバラ郡の陪審は2003年3月、マイケル側に530万ドルの支払いを命じる評決を下した。エイヴラム側の弁護士、ルイス・ミラーは600万ドルを要求したが、判事ゼル・キャンターはこの訴えを棄却。法廷記録によると、双方は同年「今後このコンサートに関する一切の申し立ては行わない」旨の和解合意に達していた。

今回の訴状によれば、この和解に関する話し合いはロサンゼルス上級裁判所で行われる取り決めとなっていたにも関わらず、エイヴラム側は調停を画策しており、協定違反に当るとの事。調停に関する審問は10月24日に予定されているが、マイケル側は当時の合意内容や賠償金の支払額、裁判費用などに関する一切の文書の差し止め命令を要求しているという。



9/17
マイケルがAP通信の記者、リンダ・ドイチュの電話インタビューに応じ、チャリティーソングに向けた意気込みなどを語った。マイケルが報道陣の取材に応じるのは6月の裁判終了後、初めて。

ハリケーン「カトリーナ」被災者支援ソングのレコーディング計画を「全力で進めている」と語るマイケルは、自身の創造力が再び満ちてきたのを感じたという。長期に及んだ裁判については「僕が今までやってきた中でも最もつらいものだった」と振り返り、厳しい試練とも呼べる状況からは「休養を取って回復に向かっている」と述べた。裁判中は背中の痛みに苦しめられたマイケルだが、現在の健康状態について尋ねられると「具合はいいよ」。

バーレーン国王の息子、アブドゥラ王子のゲストとして現在も子供たちと共に現地に滞在中のマイケルは、友人でもある王子について「彼は最高。素晴らしい。とても親切」と評した。チャリティーソング「From The Bottom Of My Heart」は王子の所有するレーベルからリリースされる予定で、マイケルは「今は常にその曲に取り組んでいる」と語った。

マイケルと共に電話インタビューに応じたレイモン・ベインによると、これは本格的なインタビューではなく、一連の裁判におけるAP通信の公正な報道に対し、マイケルは感謝の意を表したかったのだという。マイケルは今回のチャリティーソング制作に際し、1985年のアフリカ飢餓救済ソング「We Are The World」のような世界規模での成功を望んでいる。既に多くのアーティストがプロジェクト参加に同意しているが、最終的な顔ぶれはまだ決定していないとの事。



9/12
レイモン・ベインが「From The Bottom Of My Heart」の参加アーティストを発表した。現時点で公表されている名前は、ジェイ・Z、マライア・キャリー、ミッシー・エリオット、R.ケリー、ワイクリフ・ジョン、レニー・クラヴィッツ、ローリン・ヒル、メアリー・J.ブライジ、ヨランダ・アダムス、ベイビーフェイス、ジェームス・ブラウン、スヌープ・ドッグ、オージェイズ、シアラ。マイケルは、参加を希望する他のアーティストを引き続き受け入れる予定だという。



9/8
マイケルに「On The Line」や「You Are My Life」などの楽曲を提供したシンガー/プロデューサーのベイビーフェイスが、ハリケーン被災者支援ソング「From The Bottom Of My Heart」への参加を表明。アメリカの芸能情報番組「Extra」の取材に応じたベイビーフェイスは「見捨てられているとも言える状況に置かれた人々のために、今こそ僕たちみんなが立ち上がり闘うべき時だ」と語っている。



9/6
アメリカ南部を襲った大型ハリケーン「カトリーナ」の被災者を支援するため、マイケルはチャリティーソングをレコーディングする模様。広報のレイモン・ベインが明らかにした。マイケルは24時間以内に複数のスーパースターたちに連絡を取り、「From The Gulf To The Gulf(湾岸から湾岸へ)」と名づけられた救済計画への参加を要請するという。マイケルの意思により、レコーディングは2週間以内に行われる予定。

ベインによると、ハリケーンによる被害の深刻さを知ったマイケルは「From The Bottom Of My Heart」という曲を書いた。「我が国の湾岸地域における人的被害を目にするのは心が痛む。この悲劇によってもたらされた痛みや苦しみに耐えねばならないすべての人々に、僕の心と祈りを捧げたい。音楽界のみんなに賛同を呼びかけるつもりだ。すべてを失ってもなお立ち上がろうとする人々へ、救いの手と希望を与える手助けをしてほしい」。この曲はバーレーンのアブドゥラ王子が所有するレーベル、トゥー・シーズからリリースされる予定で、すべての収益金はハリケーン被災者の支援に宛てられるという。



9/5
「The Essential Michael Jackson」国内盤は、オリコン9月12日付アルバムランキングで前週の67位から51位へ、洋楽アルバムランキングでは25位から23位に上昇。



9/2
マイケルは、広報のレイモン・ベインを通してファンに向けたメッセージを発表した。「世界中の僕のファンの皆さんへ。僕の誕生日を祝う皆さんからのカードや手紙、親切な行為に深く感謝します。皆さんは世界で一番熱心で思いやりにあふれたファンです。愛しています。皆さんすべてに神のご加護を!心を込めて−マイケル・ジャクソン」。



8/29
8月24日に発売された「The Essential Michael Jackson」国内盤は、オリコン9月5日付アルバムランキングに67位、洋楽アルバムランキングには25位で初登場。



8/28
「マイケルはドバイ訪問を楽しんでいる」−中東のメディア各紙が報じた。バーレーン王子、シェイク・アブドゥラ・ビン・ハマド・アール・ハリーファと共にドバイを訪れているマイケルは、市内の発展ぶりに目を見張り、地元の人々の歓迎を受けたという。

マイケル一行を案内した中東ラリー選手権のチャンピオン、モハメッド・ベン・スレイヤムは「マイケルは素晴らしい時間を過ごした。ドバイで見聞きしたものに驚き、感銘を受けていたよ。ザ・ワールドやパーム・ジュメイラ(巨大人口リゾート島)などの建設計画の規模を知って、さらにびっくりしていた。彼は会う人すべてに対し、非常に礼儀正しく好印象だった。みんなが彼の事を知っていて、彼もみんなに親切だった。言葉を交わし、写真に収まり、握手にも応じていたよ。我々が『頼むよマイケル、もう行かなくちゃ』と言っても彼は人々との交流をやめようとしない。本当に親切だったよ」と語った(写真1=左から、アブドゥラ王子、マイケル、スレイヤム・写真234)。

「マイケルは様々な理由で特別な人物だ。みんなが彼の音楽や輝かしい経歴を知ってはいるが、彼が本当にどれほど素敵な人物であるかを知る人は、そう多くはない。彼は数々の成功を収めた唯一無比のエンターテイナー。だが彼の素晴らしいところは、極めて友好的で会った人を即座に安心させてしまう点だろうね」。マイケルを風変わりな人物として描こうとするメディアとは逆に、マイケル自身は分別のある普通の人間だとスレイヤムは主張する。「食事のために立ち寄ったハードロックカフェでも、マイケルは一般のメニューから料理を注文していた。間違いなく彼は我々同様に普通の人間だよ。彼も他の人たちと同じものを食べていたし、世間の人々よりも彼は普通だと思う」。

「最も暑い時期にドバイへ来てしまったにも関わらず、彼は居心地が良さそうだった。凄い事だよ。我々は気温の高さに文句を言っていたのに、彼は言わなかった」。スレイヤムによると、マイケルは市内の高級ホテルに泊まるよりも一般の邸宅を選んだという。「彼はドバイにあと数日は滞在するつもりだ。彼はもっとこの街を知りたがっている。気候がもう少し落ち着いたら、是非また来てほしい」。



8/23
マイケルに対する性的虐待訴訟(今年6月に無罪確定)を起こしていた少年の母親が、不正に生活補助金を受け取っていたとして告発された。ロサンゼルス郡地検局によると、この母親に対する容疑は重罪に問われる4件の「補助金を目的とした虚偽申告による偽証」と、福祉法に違反する1件の「虚偽陳述による不正受給」の、合わせて5件。もし有罪となれば5年以上の懲役となる可能性がある。調べによると母親は2001年11月15日から2003年3月31日までの間に、福祉当局から18,782ドルを不正に受け取っていた。

同地検局広報のサンディ・ギボンズは「これらの容疑は、この母親が補助金目当てで嘘をついていた疑いを元に、綿密な捜査を行った結果です。容疑の申し立てをするにあたり充分な証拠を得られたと実感しています。この人物は福祉制度を悪用して納税者のお金を盗んだのです。金額の大小に関係なく、福祉制度を個人の貯金箱として使う事など許されません」と述べた。罪状認否手続きは9月7日にロサンゼルス地裁で行われる予定で、母親がこれに応じない場合は逮捕状が請求されるという。

今回の告発について、マイケルの主任弁護人を務めたトーマス・メゼロウは「裁判中に提示された証拠物件から考えてみても、私は特に驚きはしません。これは当然の結果です」と語った。母親が告発された事は、既にマイケルにも伝えられているという。「マイケルに対する訴訟は詐欺行為であり恥辱行為だと、私は常に主張してきました。今回の件がそれを証明しています。マイケルへの容疑を取り下げるよう、スネドン検事にも早い段階から情報を伝えてきました。残念な事に、彼は断固として我々の要望を拒絶したのです」。



8/20
アラブ首長国連邦の日刊紙、ハリージ・タイムスが伝えたところによると、マイケルはバーレーン政府関係者と共にドバイを訪れた(写真)。複数のセキュリティを連れたマイケル一行は現地の超高級ホテル、バージュ・アル・アラブのロイヤル・スイートで昼食を取ったとされる。ホテル周辺は地元警察によって護衛され、報道陣の取材要請は一切拒否されたとの事。



8/18
「The Essential Michael Jackson」は、スイスの8月14日付アルバムチャートで9位と、4週目にしてトップ10入り。ベルギーの20日付フランダースアルバムチャートとワロニーアルバムチャート(共に4週目)では、それぞれ4位と1位をキープ。アイルランドの7日付アルバムチャート(4週目)では3週連続の2位、フランスの13日付コンピレーションアルバムチャートでは初登場から3週連続の1位に。

また、DVD「Live In Bucharest: The Dangerous Tour」は、アイルランドの18日付音楽DVDチャートで初登場3位。イギリスの14日付音楽DVDチャート(3週目)とオランダの15日付音楽DVDチャート(4週目)では前週に引き続き2位。



8/11
ポルトガルの8月4日付アルバムチャート(2週目)で「The Essential Michael Jackson」が前週の27位から10位へ上昇。ギリシャの7日付アルバムチャート(2週目)では11位から8位へ。カナダの11日付R&Bアルバムチャート(3週目)では前週に引き続き4位。ベルギーの13日付フランダースアルバムチャート(3週目)では8位から4位へ、同じくワロニーアルバムチャートでは3週目にしてトップに。フランスの6日付コンピレーションアルバムチャート(2週目)でも首位をキープし、同国内での売上げは10万枚を突破してゴールドディスクに認定された。

DVD「Live In Bucharest: The Dangerous Tour」は、アメリカの20日付ビルボード音楽ビデオチャート(2週目)で前週の7位から6位へ、同チャートで72週目を迎える「Number Ones」は17位から14位へ。



8/10
ブラックカルチャー専門誌「Ebony」や「Jet」を世に送り出したジョン・ジョンソンが、8日に亡くなった。87歳。これを受けてマイケルはMJJ Sourceにコメントを寄せた。「僕の良き先輩であり良き友人、ジョン・ジョンソンの訃報を聞き、深い悲しみに包まれています。彼の妻ユーニス、娘のリンダには心からお悔やみ申し上げます」。ジョンソンは1945年に月刊誌「Ebony」、51年に週刊誌「Jet」を創刊。マイケルやジャクソン兄弟も、70年代から数回にわたり各誌の表紙を飾った。



8/7
「The Essential Michael Jackson」は、8月13日付ビルボードR&Bヒップホップアルバムチャート(2週目)で前週の64位から50位へ。7日付オーストラリアのアルバムチャート(2週目)では23位から12位へ、スイスのアルバムチャート(3週目)では23位から11位へ、アイルランドのアルバムチャート(3週目)では前週に引き続き2位。また、DVD「Live In Bucharest: The Dangerous Tour」も、イギリスの音楽DVDチャート(2週目)で2位をキープ。



8/4
イギリスのR&Bアルバムチャートに続き、今度はフランスの7月30日付コンピレーションアルバムチャートで「The Essential Michael Jackson」が1週目で首位を獲得。ギリシャの31日付アルバムチャートには11位で初登場。さらに、ベルギーの8月6日付フランダースアルバムチャートで8位(前週22位)、ワロニーアルバムチャートで4位(同25位)とそれぞれトップ10入り。カナダの4日付R&Bアルバムチャートでは1ランク上昇して4位に。また、アメリカではビルボード8月13日付アルバムチャートで前週の128位から96位へと上昇、同国内の売上げ枚数も1週目は8,003枚、2週目は11,231枚と順調な伸びを見せている。

DVD「Live In Bucharest: The Dangerous Tour」は、スペインの4日付音楽DVDチャートで3位、イタリアでは初登場で1位を獲得。アメリカの13日付ビルボード総合音楽ビデオチャートでは「Live In Bucharest」が7位、「Number Ones」が17位に。



7/31
カナダの28日付R&Bアルバムチャートで「The Essential Michael Jackson」は5位で初登場、アイルランドの31日付アルバムチャートでは前週の4位から2位へ上昇、ヨーロッパのユーロチャートR&Bアルバム部門ではトップに。一方、DVD「Live In Bucharest: The Dangerous Tour」は、イギリスの31日付音楽DVDチャートに2位で初登場。



7/24
イギリスで7月18日に発売されたベスト盤「The Essential Michael Jackson」は発売後1週間で45,527枚を売り、24日付アルバムチャートでは2位、R&Bアルバムチャートではトップで初登場。同日付アイルランドのアルバムチャートでは4位に。



7/20
今月22〜24日にかけてベルリンで開催される、ジョーの76歳の誕生日記念パーティーへの出席が噂されていたマイケルだが、MJJ Sourceがこれを否定。「誠に残念ながらマイケルはパーティーには出席できません。しかしながら、マイケルは父にとって良き誕生日となるよう心から願い、イベントに参加される皆さんが素晴らしい時間を過ごせるよう望んでいます。いつもながら、彼はすべてのファンに愛と深い感謝の念を表し、心の中でファンの皆さんと共に父の誕生日を祝っています」。

この日ベルリンで記者会見を開いたジョー(写真)によると、パーティーにはジャーメインとタジも出席予定。パーティー会場をベルリンに選んだ理由についてジョーは「以前マイケルがここを訪れた時、手厚いもてなしを受けた。ここドイツには沢山のファンがいるから戻ってきた」と語り、最近のマイケルの様子については「裁判の影響からは回復しつつある。あれはとんでもない出来事だったからね…彼にとってまるで身に覚えのない事で責められたんだから。彼にかけられた数々の容疑のうち、連中は1件でも有罪になればと望んでいた。だが、ありがたい事に世界各地のファンの応援もあり、彼は無罪となった」と述べた。また、ジョーはベルリンにディスコを開く計画も明らかにした。



7/1
ベテランR&B歌手のルーサー・ヴァンドロスが、入院先であるニュージャージー州エジソンのジョン・F・ケネディ医療センターで亡くなった。54歳。ヴァンドロスの広報を務めるジェフ・オコーナーによると、1日にはマイケルやクインシー・ジョーンズ、アレサ・フランクリン、パティ・ラベルらから哀悼の電話があったという。

ヴァンドロスは1999年6月に行われたチャリティーコンサート、マイケル・ジャクソン&フレンズのソウル公演や、2001年9月に行われたマイケルのソロ活動30周年記念コンサートに出演。マイケルが提唱したチャリティーソング「What More Can I Give」にも参加した他、アルバム「HIStory」制作時にはマイケルとのデュエットをレコーディングした事も伝えられていた。



2005年・上半期のニュース

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