2005年・上半期



6/30
休暇を過ごすため、マイケルは子供たちと共に自家用機でバーレーンの首都マナーマに到着。滞在期間は明らかにされておらず、同国の王子の宮殿に滞在する予定だという。



6/26
マイケルは、世界中のファンに宛てた感謝のメッセージをMJJ Sourceに寄せた。「神、子供たち、家族、そしてあなた方ファンの存在なくしては、僕はこの状況を乗り越える事はできなかったでしょう。皆さんの愛、支援、忠誠心こそがすべてを可能としてくれたのです。僕が皆さんを本当に必要としていた時、皆さんは僕と共にいてくれました。僕は皆さんの事を決して忘れません。あなた方のたゆまぬ愛は僕を支え、涙を乾かし、最後までやり遂げる力を与えてくれました。皆さんの深い愛情と支援を、僕はいつまでも大切にします。皆さんの存在こそが、僕を奮い立たせてくれるのです。愛を込めて−マイケル・ジャクソン」。



6/25
13日の無罪評決以降、各国でマイケルの作品の売上げが上昇しているという。アメリカでは、アルバム「Number Ones」は19日までの1週間で8,660枚(前週比139%増)を売り、7月2日付ビルボードのポップチャートに134位、R&B・ヒップホップチャートに49位でそれぞれ返り咲いた。アルバム「Thriller」は5,839枚(同141%増)、DVD「Number Ones」は4,785枚(同108%増)、アルバム「Greatest Hits HIStory Vol.1」は3,064枚(同190%増)、アルバム「Off The Wall」は1,603枚(同159%増)など、全米で27,166枚の売上げを記録。ただし、ボックスセット「The Ultimate Collection」や、DVD「The One」、「Dangerous The Short Films」、シングル、ジャクソンズ時代の作品やモータウン時代の作品はこれらに含まれておらず、実際の売上げ総数はこれ以上のものになるとみられる。

イギリスのアルバムチャート(19日付)では「Number Ones」が107位、「Thriller」が191位でそれぞれ再登場。アイルランドのアルバムチャート(26日付)では「Number Ones」が57位に。オーストラリアのアルバムチャート(19日付)では「Number Ones」が26位、DVDチャートでも「Number Ones」が32位に。カナダのR&Bアルバムチャート(23日付)では「Thriller」が33位、「Number Ones」が40位、「Greatest Hits HIStory Vol.1」が95位に。



6/19
ソニー・ミュージックから2枚組ベスト盤「The Essential Michael Jackson」が発売される。

・欧州盤(7月18日発売)曲目
・米国盤(7月19日発売)曲目
・国内盤(8月24日発売)曲目



6/17
カリフォルニア州サンタイネスのチュマッシュ・カジノ・リゾートで、マイケルの無罪評決を祝うパーティーが開催された。マイケル本人は出席せず、キャサリン、リビー、ティト、3Tからもタジとタリルが参加。弁護団からはロバート・サンガーが、そして陪審団からはポーリーン・ココスが姿を見せた。このパーティーには500名を超えるファンが招待され、報道陣はシャットアウトされた。パーティーの終盤、リビーは詰めかけたファンに「私の弟や家族へ示してくれた皆さんの愛と支援に感謝します」と挨拶。ティト率いるバンドがジャクソン・ファイヴのヒット曲などをプレイした後、キャサリンがステージ上に登場して「皆さんすべてに心から感謝します。あなた方の存在なくしては乗り越えられませんでした」と語りかけると、ファンの間からは「Innocent(無実)!」の掛け声が上がった。



6/15
ジャーメインが、アメリカCNNの人気トーク番組「Larry King Live」に出演。「マイケルは快復しつつある。今は家族で喜びをかみしめる時だ。彼は長い事、食事を受け付けない状態だった。サンドイッチのような物しか食べてなかったよ。でも彼は強い人間だ。僕が知る限りでもマイケルほど強い人間はなかなかいない。今はとにかく休む事だ。休んで、自分自身を取り戻すんだ。あれをしよう、これをしようではなく、休む事が大切だ」。

マイケルが国外へ移住するのでは、との質問にジャーメインは「我々家族はいつだって、アメリカ以外の地へ憧れを抱いていた。彼はどこか心休まる場所へ行くべきだと思う。マイケルはアフリカ系アメリカ人としてこの国で生まれた。アメリカはもちろん、世界中の人々のために多大な貢献をしてきた。アメリカ人は彼を誇りに思うべきだよ。それなのにこの国は彼を見捨てようとしているんだ。彼が移住しようとも、僕は別に驚かない。僕も彼と行動を共にするだろう」と答えた。

ジャーメインは一家の安全面での不安も訴えた。司会のラリー・キングが「被害者の心境をつづった曲…『Billie Jean』では、彼は自らを被害者として描いている。彼自身も被害者だと思うか?」と問いかけると、ジャーメインは「世間の目にさらされる業界にいれば、様々なタイプの被害者になり得る。彼の音楽が人々に影響を及ぼし、歌詞の内容が曲解され、事件が起こる。外出する際、僕は時々怖くなるんだ。マイケルの無実が立証された今、我々家族は注意深く行動せねばならない。どこで誰が何を企んでいるか分からないからね」。



6/14
マイケルの無罪評決から一夜明け、弁護団を務めたトーマス・メゼロウとスーザン・ユーがAP通信の取材に応じた(写真)。メゼロウは「冤罪を着せられる可能性があるため、マイケルはもう子供たちと寝室を共にする事はなくなるだろう」と語った。「彼は子供を虐待などしていない。だが彼には、今後も金を搾取しようとする人々や財産を奪おうとする人々に都合の良いターゲットにされるだろう、と警告した」。

また、検察側のトップ、サンタバーバラ郡地検トム・スネドンについては「彼はこの郡の金を使い切ってでも裁判に勝とうとしていた。熱に浮かされた検察側は、一歩下がって証人たちを客観的に見ようとはしなかったのではないか。彼らはただ勝とうとしていただけで、原告家族についてしっかりとした調査もしなかった。我々はきちんと課題をこなしたが、検察側ほど金は使わなかった。捜査と称して70人もの警官を動員する事もなかったし、各分野の専門家も彼らの半分しか呼ばなかった」と述べた。

メゼロウは、マイケルにかけられた根拠のない容疑を、何故世間が信じたがるのか理解に苦しむという。「私にはまるで理由が分からない。彼のような人物と知り合ったのは間違いなく初めてだ。彼は誰に対しても非常に親切で思いやりがあり、仕事もしやすかった。だが彼は、人々をたやすく近寄らせなくなるだろう。親切にすべきでない人々に対してまで親切にしすぎたんだ」。これに関してユーは「世間はマイケルがどのような人物かを理解していない。私は多くの時間を彼と共にした。これほど傷つきやすい人は見た事がない。この人物は、検察側や原告が主張したような行為は決してできない人ね」と語った。



6/13
30時間以上におよんだ審議の末、陪審団が評決に達したとの報を受け、マイケルと家族は午後1時15分にネバーランドを出発。世界各地から集まった多くのファンや報道陣が見守る中、およそ30分後にサンタマリア地裁へ到着した。2時15分から評決が読み上げられ、陪審団は10件すべての起訴事実について無罪の評決を下した。退廷後、疲れ切った表情のマイケルは地裁前に詰めかけたファンに小さく手を振り、ネバーランドへ戻った(写真)。ネバーランド周辺にも多くのファンが集まり、家族や弁護団、従業員らの乗った車を熱狂的に迎えた(写真)。

メゼロウ「正義は成された。マイケルは無実だ。いつだってそうだった」。

ティト「起訴内容が読み上げられるに連れ、プレッシャーが強まっていった。僕は母さんを固く抱きしめ、評決言い渡しの間はみんな泣いていたよ」。

ジャーメイン「彼は非常に疲れている。しばらくはゆっくり休む必要があるが、いずれ音楽界に戻るだろう。それこそが彼の血であり、骨だからね」。

マイケルの元妻・デビー「私が結婚した相手は小児性愛者などではない。司法制度は正しく機能したのよ」。



6/10
MJJプロダクションズは、マイケルの広報および代理人を務めてきたレイモン・ベインとの契約解除を発表。当のベイン自身はAP通信の電話インタビューに「私はマイケル本人のために働いているのであって、MJJプロダクションズのためではありません。私を解雇できるのはマイケルだけであり、私はマイケルから解雇されてはいません」と答えている。



6/8
陪審団による審議が続く中、メゼロウがMJJ Sourceにコメントを掲載した。「私は、マイケルや彼の家族の代理として発言する事および会見を開く事を、誰にも許可していません。弁護団が遵守すべき緘口令は引き続き発令されています」。このメッセージは、記者団を前にマイケルの健康状態を語ったジェシー・ジャクソン師や広報のレイモン・ベインに宛てたものか、との見方が広まったが、ベインは「自分に向けられたものではない」と否定。「メゼロウ氏が望まなかったのであれば、私はここにはいません。あまり多くの噂に耳を貸さないで下さい。私はマイケルの専属の広報かつ代理人です。緘口令は私には適用されていません。多くの人々が裁判所へ赴き、そこを討論の場として利用している事や、無許可でマイケルの代理人として発言している人々の事を、メゼロウ氏は懸念したのです」。また、ベインによるとマイケルはこの日の午後に再び病院を訪れ、背中の治療を受けたという。



6/5
午後2時半頃、マイケルはサンタイネスヴァリー・コテージ病院の緊急治療室へ。広報のレイモン・ベインによると背中の痛みが再発したのだという。「病院へ来るのも大変なほどの深刻な症状でした。彼は強いストレスを感じています。背中以外の健康状態は良好です」。マイケルは午後8時過ぎにネバーランドへ戻った模様。



6/3
多くのファンが声援を送る中、マイケルはサンタマリア地裁に出廷。ジャクソン一家からは両親、リビー、ティト、ジャーメイン、ラトーヤ、ランディ、ジャネットが同行した(写真※この日マイケルが着用したベストは、米国在住の日本人ファンから贈られた着物の生地を使用したもの)。前日に引き続き弁護側による最終弁論が行われ、メゼロウは「原告家族は過去最大の詐欺行為を企んでいる」と主張した。

「彼らは、あなた方にその手助けをしてもらいたいだけなのだ」。メゼロウは、女性8人・男性4人から構成される陪審団に語りかけた。「この訴訟を示談に持ち込むには、たったひとつの偽証だけで充分だ。あの家族による偽証は数え切れない。この訴訟が詐欺であると皆さんが気づくまで、一体いくつの偽証が必要なのだろうか?マイケルが子供を虐待できるような人物だとお考えか?あなた方自身に問いかけてみるが良い。あのような行為が可能などと、これっぽっちでも思うだろうか?」。メゼロウによると、家族は今回の刑事訴訟に続いて、大規模な民事訴訟を起こそうとしているという。「何故、彼らはマイケル・ジャクソンに対して訴えを起こしたのか?それは、彼が超の付くほどの有名人だからだ。彼らはそれが許されると思っている。この家族は長年にわたり、うまい事やってきた。だが、マイケルが彼らの保護者とはなってくれないと気づいた時、すべては始まった」。

途中、マイケルが子供たちへの愛を語る約30分のビデオが上映され、その中でマイケルは「子供たちに裏切られたり騙された事はないよ。大人たちには失望させられる」と語っていた。上映後、メゼロウは「マイケルはしっかりした財政管理をしていなかった上に、悪い人間たちを周りに置いてしまった。これは何の罪に問われる事でもないが、マイケルにとっては悪夢だった。陪審員の皆さんは無罪の評決を出さねばならない。それこそが唯一、正しい評決だ」と述べ、弁論を終えた。

続いて、検察側のゾネンは「ネバーランドは肉食獣の巣。弁護側証人として出廷した少年たちも、実際には虐待を受けていたものとみられる。この訴訟を常識の範囲内で考えれば、起訴内容もでっち上げではない事が分かるだろう」と主張。弁護・検察側双方による最終弁論はこれで終了し、陪審団による審議に入った。判事メルヴィルから自宅待機を許可されたマイケルは、ネバーランドへ戻った(写真)。だが、審議開始から2時間で陪審団も帰宅の途に。評決は6日以降に持ち越しとなった。

マイケルの広報、レイモン・ベインは地裁前で会見を開いた。「マイケルは緊張状態にありますが肉体的には元気です。裁判は、持久戦という最も厳しい局面を迎えようとしています。陪審団が無罪評決を下してくれる事を、マイケルは願い、そして信じています。彼は動揺などしていません。時として彼は、私たちの誰よりも強い一面を見せるのです」。



6/2
検察・弁護側双方による最終弁論が行われたこの日、サンタマリア地裁周辺には世界各地から多数のファンが集まり、マイケルの無実を訴えた(写真)。サンタバーバラ郡地検ロン・ゾネンは「世界的な有名人が元ガン患者を標的にし、寝室でポルノ雑誌を用いて禁断の世界へと少年を連れ込み、虐待した。ネバーランドには規則も、学校も、子供たちに対する規律も存在せず、あるのは娯楽のみだ。次第にマイケルは子供たちにアルコールを与えるようになり、それを知った母親は36時間のうちにネバーランドを後にした」と述べ、マイケルの行動を非難。3時間近くに及んだゾネンの弁論の多くは、弁護団への批判にあてられた。

これに対し主任弁護人トーマス・メゼロウは「原告の家族は詐欺師で役者、嘘つきと考えられる。最終弁論において検察側が弁護側を攻撃するのは、決まっていつも検察側の自信の無さの表れだ。これは弁護士の人気投票ではない」と反論。検察側は、少年への虐待が行われたのは2003年2月20日から3月12日の間と主張しているが、メゼロウは「(ドキュメンタリー番組放送直後で)世界的な注目が集まる中、マイケルが虐待の道を選ぶなどと信じるのはおかしな話。彼の自宅から押収された雑誌やパソコンには、違法な物など何ひとつ含まれていない。検察側は彼に悪いイメージを植えつけようとしている。いまだに具体的な証拠も挙げていない。何故なら、挙げられないからだ」と述べた。

またメゼロウは、先月27日に法廷で上映された、少年が警察に虐待の模様を証言するビデオについても「被害状況を語るにしてはあまりに無表情。いささかの感情も見られない。家族がマイケルから見切りをつけられた話をしているのに、本当に怒った姿はどこへ?この家族は子供に嘘をつくよう教え、詐欺行為をはたらくよう教えている」と延べ、原告家族の信用性の無さを主張した。「この家族を信用できないのであれば、マイケルは無罪を言い渡されるべきだ。それが法というものだ」。弁護側の弁論は3日も引き続き行われ、検察側の反論を経た後、陪審団による審議に入る。退廷後、今の気分を聞かれたマイケルは「僕は大丈夫だ」と答えた。

マイケルのメイク担当のカレン・フェイが、MJJ Sourceにメッセージを寄せた。カレンは、前日にネバーランドの門前で行われたファンの集会にも参加(写真)。「皆さんも既にご存知のように、私は毎朝、出廷前のマイケルと共に過ごしています。皆さんの愛と支援のすべてを、彼と分かち合っています。昨夜、門前で繰り広げられた祈りの輪について、彼にも話しました。すると彼は非常に感激し、皆さん1人1人をどれほど愛しているかを伝えてほしいとの事でした。『心の奥底から大切に思っていると、どうか必ず伝えてほしい』と。このメッセージをより多くの誠実なファンに届けるには、MJJ Sourceは最適な場所だと思います。私たちの祈りや無償の愛、様々な活動のすべてを彼が受け止めているという事実を、皆さんも心に留めてください。決して気づいてもらえないなどという事はありません。彼は皆さんすべての存在を感じています。彼のために私たちも活動を続けましょう…そうすれば彼も私たちと共にいてくれます!マイケルへの更なる愛を込めて−カレン・フェイ」。



5/30
5月30日付オリコンウィークリー洋楽総合シングルチャートで「Ben」がトップに(総合シングルランキングでは48位)。TBS系ドラマ「あいくるしい」の主題歌として11日にリリースされた「Ben」は発売1週目に2,739枚、2週目に3,485枚の売上げを記録した。また、ビルボード誌によると、全米レコード協会はアルバム「Thriller」の米国内での売上げ枚数が4月25日の時点で2700万枚を超えたと発表。



5/27
ジョーがアメリカの芸能番組「Entertainment Tonight」のインタビューに応じ、マイケルの健康状態を気づかった。マイケルは痩せすぎではないかとのファンの声に、ジョーも同意している。「彼のファンでさえも、もっと食べなきゃダメだと言っている。きちんと食事を摂ってほしいって。私もそう思うよ。彼に、気を強く持って、もっと食べるように語りかけている。そうすればこの状況を乗り切れるだけの強さを保てる、とね。しかし彼のような問題を抱えてしまうと…彼の体重はかなり減った。夜も熟睡できないらしい」。また、ジョーによると、マイケルは自分自身を弁護するために証言したがっているという。「彼は自分自身を弁護できる事を望んでいる。マイケルは、本当はあの証言台に立ちたいんだよ。彼を責める気はない。彼自身に弁護をさせてあげてほしい。彼に喋らせてやってくれ」。



5/26
弁護側による証人尋問を終え、マイケルの広報を務めるレイモン・ベインがアメリカCNNのインタビューに応じ、「マイケルは現実をしっかりと把握している」と語った。「彼にとって公判は、肉体的にも精神的にも苦渋の日々でした。彼はできる限りの事をやったのです。良い日もあれば悪い日もありました。これからしばらくは判決を待つ事になるのですから、やや緊張の日々が続くでしょう」。また、ベインはヨーロッパのメディアが広めた「マイケルがネバーランドを売却、無罪判決の暁には国外脱出」の報道を否定。「はっきりと申し上げておきます。マイケルはネバーランドを売却していません。ヨーロッパ移住計画もありません。すべて噂です」。

ベインによると、マイケルは今後、実子以外の子供たちと過ごす際には用心深くなるだろうと発言していたという。「マイケルは、このような立場には二度と身を置かないつもりのようです。彼の、子供たちへの愛情は純粋なものでした。彼は、犯罪行為や間違った事など何もしていないのです。私たちが置かれた状況は、嘆かわしいものです」。

マイケル自身が証人として発言をしなかったのは「皆で話し合って決めた事」と、ベインは言う。「マイケルは弁護団の指示に従いました。自ら『証言させてくれ』と言うつもりもありませんでした。弁護団も、今の時期に彼の証言は必要ないと判断したのです」。だが、法廷内で証拠として上映されたインタビューのビデオで、陪審団もマイケル本人の声を聴いたはず、とベインは語る。「この公判で、マイケルは何も発言しなかった訳ではありません。彼が自身の言葉で語る様子は、数時間に渡って視聴されたのですから」。



5/25
弁護側最後の証人として、クリス・タッカーが出廷(写真)。タッカーは、原告少年と家族が如何にしてタッカーに歩み寄ってきたかを述べ、少年については「ずる賢い子供」と評した。「恐ろしくなった。僕は深入りしすぎたんだ」。

少年がガンで闘病中だった2001年、コメディ・クラブの募金興行で出会ったタッカーは、少年におよそ1,500ドルを寄付した。「本当に悲しそうに見えた。まったくお金が集まらないと言っていた。他にも多くの人がいたのにおかしな印象は受けたが、これも人助けだと思って寄付したんだ」。だが、次第に少年は病気や家族間の問題を理由に、何度もプレゼントをねだるようになった。「彼はいつも『クリス、これをくれよ。僕は具合が悪いんだ』と言っていた。少年の弟はさらにずる賢く、僕の家を去る時には彼のポケットを調べてやりたいぐらいだった」。

やがて家族は、ラスベガスで撮影中のタッカーのもとへ押しかけ、タッカーが宿泊費を払ったホテルに何週間も居座るようになったという。「あの母親はいつだって僕の事を、子供たちにとっては兄も同然で、みんな僕を愛しているなどと必死に語っていた。だんだんイライラしてきた。僕は有名人だから、僕にたかろうとする人々もいるんだ、自分の行動には注意せねば…と考えた。もう、手を引かなければと」。それでも家族は頻繁にタッカーの家を訪れ、定期的に電話もかけてきた。

家族からの要望を拒みきれず、タッカーが1万4千ドルのトラックを買い与える事になった時は、「母親は気が狂ったように泣き始めたんだ。精神的にどこかおかしいのではないかと思ったよ。泣きながら『クリス、あなたはまるで兄弟のようだわ』って。兄弟、兄弟の繰り返し。何かがおかしいと思ったよ。マイケルの事は父親のようだって、とりつかれたように語っていた」。

検察側は、2003年2月のドキュメンタリー番組「Living with Michael Jackson」放送当時、少年と家族はマイケル側によってマイアミへ拉致されたと主張しているが、タッカーは家族に説得されたためマイケルのもとへ連れて行ったと証言。「彼らはマイケルの居場所を探していた。無理矢理に連行されたのでもなければ、彼らの意思に反して拘束されていたのでもない。番組への出演でマスコミに狙われているからと、自家用ジェット機に乗せる事を要求してきた。機内でも母親はマイケルを大げさに褒め称えるばかりで、不信感が募ったんだ」。マイケルの滞在するホテルに着いた際、タッカーは母親のいない部屋へマイケルを呼び込み、「何かがおかしい。気をつけろ」と忠告したという。「あの家族は僕の目の届かない所でも、色々とやってくれたらしい。まわりの人々からも注意するように言われた」。

午前11時、メゼロウは弁護側による証人尋問の終了を宣言。この3週間で弁護側証人として出廷した人数は50名だった。この後、検察・弁護側双方による短期間の反論を経て、翌週からは最終弁論が行われ、12名の陪審団による審議に入る。



5/11
弁護側証人としてマコーレー・カルキンが出廷(写真)。主任弁護人のメゼロウから、マイケルにかけられた容疑についての意見を求められたカルキンは「まったく馬鹿げている」と述べ、虐待行為を否定した。カルキンは、マイケルから虐待を受けた被害者の1人として検察側から名前を挙げられていたが、事情聴取のために検察側がカルキンのもとを訪れる事は一度もなかったという。「CNNで君の話題が出ているからチェックした方がいい、と誰かに言われた。信じられなかった…驚いた事に、これらの疑惑が本当か否か、誰も聞きには来なかった」。

マイケルとは10歳の頃からの友人というカルキンは、お互いチャイルド・スターだった事もあり、特別な結びつきを感じていたと語った。「僕らは独特な部類の人間だ。彼もそういう道を通ってきたから、僕が置かれた立場がどのようなものかを理解してくれた。失われた少年時代について、よく語り合ったものだ」。また、カルキンは、先に証人として出廷したウェイド・ロブソンやブレット・バーンズらが虐待行為を受けている姿は見ていないと証言。「他の誰に対しても、マイケルが不適切な行為をしている所など見た事はない。10〜14歳の頃に数回マイケルのベッドで寝かせてもらったが、他の子供たちが一緒の時もあった。寝泊りは最初から計画されていたものではなく、みんな遊び疲れて眠るという状況だった」。マイケルを「とても子供らしい人」と表現したカルキンは、「彼は僕ら子供たちと同じ事をするのが好きだった。僕らほど上手くはないくせにゲームをするのも好きだったよ」と語り、廷内の笑いを誘う一幕も。



5/5
弁護側証人として、2人のオーストラリア出身の青年が出廷した。1人は、マイケルとは5歳の頃からの知り合いで、ブリトニー・スピアーズやイン・シンクなどの振付師として活躍するウェイド・ロブソン(22=写真)。ネバーランドには20回以上泊まった事があるというロブソンは、マイケルの寝室ではテレビゲームや映画観賞、おしゃべりや枕投げなどをしていたが、マイケルから性的に不適切な行為をされた事は一度もないと証言。「(不適切な事は)何もなかった」と主張するロブソンに対し、検察側が「それはあなたが起きている間の話。ダンスの練習や遊びすぎで、疲れて熟睡してしまう事もあったはず」と反論すると、ロブソンは「もし眠っている間にそんな事をされていたら、目が覚めていただろう」と、虐待行為の存在を強く否定した。

もう1人はメルボルン在住のブレット・バーンズ(23=写真)。1987年にマイケルがオーストラリアを訪れた際、バーンズの母親がマイケル宛てに送った手紙がきっかけで対面した。「その後、彼から電話をもらい、僕らは本当に仲の良い友達になった」。子供の頃に少なくとも10回はマイケルのもとを訪れたというバーンズも、マイケルからの虐待行為を否定。「そんなもの僕には耐えられない。検察側証人が、僕が不適切に触られているのを見たなどと証言していたのは知っている。この件について僕は物凄く頭に来ている。そんなの真実ではないし、彼らは僕の名前に泥を塗ったんだ。本当に不快だ」。

1993年にマイケルに少年虐待容疑がかけられた際にも、ロブソン、バーンズともに警察の尋問やマスコミの取材を受けているが、この時も両者は虐待を全面的に否定している。



4/28
前日に引き続き検察側証人として出廷したデビー(写真)は、マイケルを「子供たちにとって良き父親」と称賛した。「他人の過ちに対して寛大。素晴らしい人で、優れた父親。親切で面倒見も良い。優秀なビジネスマン」。子供たちとは、もう2年半近く会っていないというデビーは、インタビュー収録を承諾した理由について「子供たちに会いたかったし、ジャクソン氏と新しい関係を築けると思ったから」と述べた。

弁護側の反対尋問でメゼロウは、検察側が共謀者として名を挙げているマーク・シャフェル、ディーター・ウィスナー、ロナルド・コニッツァー(いずれも元マイケルの側近)がマイケルの名を利用して金儲けを企んでいたと思うか、と質問。これに対してデビーは「えぇ、そうね。特にシャフェルは矛盾した事を言う人で、私にはああ言ったかと思えばジャクソン氏にはこう言ったり。彼らは強欲な連中だと思う」。

マイケルに対する感情について尋ねられると、デビーは「2人の異なるマイケルがいるの。私のマイケルだったり、他のみんなが目にするエンターテイナーとしてのマイケルだったり。彼の事は今でも友人として捉えている…もし彼が私に話しかけてくれるのであれば」と語った。この日、退廷後に報道陣から「デビーと再会できて良かった?」と質問されたマイケルは「イエス」と答えたという。



4/27
マイケルの元妻、デビー・ロウが検察側証人として出廷(写真)。デビーは、一昨年放送された「Living with Michael Jackson」への反論番組「The Footage You Were Never Meant To See」に出演した際、マイケルにとって有利な発言を強制する内容の台本やリハーサルは、一切なかったと証言した。「私のインタビューがリハーサルしたものなどとは言われたくなかった。ジャクソン氏もご存知の通り、誰も私にああ言えだのこう言えだの指図はできない。私は自分自身の言葉で語る人間」。インタビュー収録時には台本が存在したと主張する、原告少年の母親の証言と結び付けようとした検察側の目論見は、ここでも崩された。

証言台で自らを「デボラ・ロウ・ジャクソン」と名乗ったデビーは、マイケルとの関係を「私たちは20年来の友人で、そして結婚した。一緒に暮らした事はない。インタビュー収録後は、また子供たちやジャクソン氏と元のように付き合えると思っていた。彼は私の友人だから」と、涙ながらに述べた。また、番組への出演はマイケルから電話で依頼されたが「話をしたのは2分半程度。何を語ってほしいなどの要求はなかった。インタビューで具体的にこう話せ、などの圧力も受けていないし、私は何の見返りも受け取っていない」と証言した。

デビーは、96年11月にマイケルと結婚。97年2月には長男プリンス、98年4月には長女パリスが生まれたが、99年10月に離婚。離婚後は子供たちと45日おきに1度、8時間の面会を許可されていたが「ジャクソン氏が常に子供たちを連れて旅に出ていたため、落ち着いて会える状況ではなかった」との理由から、一旦はすべての親権を放棄した。現在は、この面会に関する親権を取り戻すべく家庭裁判所で係争中。

またこの日は、元マイケルのビデオカメラマン、ハミッド・モスレヒも「少年と家族がリハーサルをしている姿は見ていない」と証言。モスレヒによると、家族はインタビュー収録の2〜3時間前からモスレヒの家にいたが、台本を読んだりリハーサルをしている様子は見られなかった。また母親も、マイケル側から虐待・監禁・脅迫されたなどとは一切語らなかったという。



4/25
マイケルの弁護団は、今月21日付でのブライアン・オックスマンの罷免を発表。理由は明らかにされていない。オックスマンは、90年代初頭よりジャクソン一家の顧問弁護士を務めてきたが、先月23日の法廷では肺炎のため救急車で運ばれていた。



4/23
イギリスのMJニュース・インターナショナルによると、年内発売予定のジャネットのニュー・アルバム「True Lies」の収録予定曲目に、マイケルをめぐるマスコミの報道姿勢を非難する内容の「Tell Them Why」が含まれている模様。同曲には、ラッパーのチンギーとR&B歌手のヒューストンがゲスト参加しているという。



4/15
この日行われた弁護側による反対尋問で、検察側証人として出廷した原告少年の母親は、過去の訴訟で少なくとも2度の偽証をしていた事実を認めた。弁護側はかねてよりこの母親を「金銭目的の詐欺師」として糾弾していた。母親と主任弁護人メゼロウのやり取りは時として熱を帯び、判事メルヴィルから双方に警告が発せられる場面も。

メゼロウは、この母親が2000年に地元のデパート、J.C.ペニーに対して起こした訴訟(翌年家族は15万2千ドルの和解金を獲得)を例に挙げ「あなたは獲得できる金額を上乗せするため偽証をしたのだね?宣誓陳述書では、デパートの警備員から暴行されたと見せかけるために、当時の夫から暴力を振るわれた事はないと述べている。それにも関わらずあなたは後になって捜査当局に対し、夫の家庭内暴力を訴えている。あなたは陳述書作成の際にも本当のところを語らなかった」と指摘。母親は事実を認めたが「私は警察に情報を提供しただけで、後は彼らが好きなようにやっただけ」と、責任逃れとも取れる発言をしてみせた。

一方、メゼロウは、フランク・タイソン(元マイケルの側近。検察側が「少年と家族に対する拉致・監禁の共謀者」として名前を挙げている1人)と母親との電話での会話を録音したテープを披露。この会話の中で母親はタイソンとその家族に対する好意を示しており、メゼロウは母親の「タイソンら側近たちによりネバーランドに監禁された」との主張に疑問を投げかけた。母親は「このテープは捏造されている」と反論。しかしメゼロウは、監禁されていたとされる時期に母親が脱毛エステに通っていた事を示すレシートを提示、母親はこれを認めざるを得なくなった。

2年前に撮影された、少年と家族がマイケルを「理想の父親像」と称賛する内容のビデオについて母親は「このビデオはすべてが台本によるもの。マイケルのマネージャーと10回ほど会って、セリフについての打ち合わせをした。私は芝居をしていた。女優としては最低」と述べた。だが、メゼロウからの「いや、女優としてのあなたはお見事だと思う。セリフを覚えるのにどれほどの期間を要したのか?あなたは警察からの聴き取り調査では、この件について一切触れる事はなかった。自分の主張内容に信憑性を持たせようとしているのではないのか」との問いには、母親は何も答える事ができなかったという。

この日の法廷内の様子について、CBSニュース解説員のアンドリュー・コーヘンは「劇的な反対尋問だった。これが現実の出来事ではなく、テレビやラジオで見聞きしていたらハリウッドの作品かと思ってしまうだろう。普通、陪審員は証人に同情しがちだが、この証人に肩入れしそうな陪審員を見つけるのは難しい」と伝え、FOXニュースのロジャー・フリードマンは自身のコラムで「そろそろ、この狂気に満ちた裁判を中止すべきだ」と述べている。



4/10
マイケルの、ソロとして初の全米1位獲得曲「Ben」(1972年)が、TBS系列のドラマ「あいくるしい」の主題歌に。5月11日にはマキシシングルCD(全3曲収録)が発売される。



4/6
先月29日に亡くなったジョニー・コクランの葬儀がロサンゼルス市内のウェスト・アンジェルス教会で行われ、マイケルはメゼロウら弁護団と共に参列(写真)。この葬儀には、ジェシー・ジャクソン師やアル・シャープトン師の他、スティーヴィー・ワンダー、P.ディディ、O.J.シンプソン、マジック・ジョンソン、スパイク・リー、クリス・タッカーら多数の著名人が駆けつけた。



4/3
マイケル支援イベント「Many Nations... One Voice」が、サンタマリアのラディソン・ホテルにおよそ200名のファンを集めて開催された。途中、会場にマイケル自身が電話を入れ、ファンにお礼を述べる一幕も。「みんな大好きだよ。神と真実は僕らと共にある。僕らは勝利するだろう。今日、僕が会場へ行けないのはみんなも分かってくれているよね。参加できたら良かったんだけど。みんな世界中からやって来てくれたんだね。来てくれて嬉しいよ。僕は世界一素晴らしいファンを持っていると、心から思う。またすぐにみんなと会えるのを楽しみにしているよ。今後ともよろしく。みんなを愛しているよ」。



3/30
1993年にマイケルの弁護を担当したジョニー・コクラン・ジュニアが、29日、脳腫瘍のためロサンゼルス市内の自宅で亡くなった。67歳だった。これを受けてマイケルはコメントを発表。「我が友人、ジョニー・コクランの訃報を聞き、悲しみにくれています。彼の遺族に哀悼の意を表したいと思います。ジョニー・コクランは、気品、才能、誠実さ、高潔さを兼ね備えた本物の紳士でした。彼の正義の戦いは、人種も年齢も貧富の格差も超越したものでした。数え切れないほどの人々が、彼の奉仕の精神に感動し、またその笑顔と人柄に触れてきました。ジョニー・コクランは素晴らしい人道主義者でした。彼の事が大好きでした。惜しい人物を亡くしました。彼を友人として持てた事を誇りに思います」。コクランは、O.J.シンプソンを始め、トゥパック・シャクール、スヌープ・ドッグ、P.ディディらの弁護を担当した他、1997年には誘拐・殺人容疑で27年間にわたり投獄されていた元ブラック・パンサー党員、エルマー・ジェロニモ・プラットの釈放に貢献している。



3/27
シカゴのラジオ局WGRBでジェシー・ジャクソン師が司会を務めるトーク番組「Keep Hope Alive」(写真)に、マイケルが電話出演。およそ40分にわたるインタビューの中でマイケルは「僕は完全に無実」と訴えた。

インタビューは、マイケルの少年時代の思い出から始まった。両者が初めて会ったのはマイケルが7歳の頃だという。「ダイアナ・ロス、ジェームス・ブラウン、ジャッキー・ウィルソン、サミー・デイヴィス・ジュニアが大好きだった。彼らは世界一のスターで、僕は彼らを見て育った。あの頃はとにかく忙しかった。勉強、ステージ、レコーディング、旅から旅…モータウンのスタジオ近くには公園があったけど、僕は遊びに行けなかった。僕には子供時代がなかったんだよ」。

「モータウンの作曲家たちは素晴らしかった。僕はそこで多くの事を学んだ。ダンスは習った事はない。フレッド・アステアやジーン・ケリーがお手本だった。ムーンウォークはゲットーで踊る黒人の子供たちからヒントを得たんだよ。彼らの動きを撮影して自宅で研究した。ムーンウォークは間違いなく黒人文化から生まれたものだ。ソウルトレインの番組も大好きだったよ。出演しているダンサーたちから多くを学ばせてもらった」。

「僕は大食漢だった事はない。母やエリザベス・テイラーは僕の食の細さをいつも心配していたよ。エリザベスがわざわざ食べさせてくれた事もあった。食べようと努力はしたけどね。僕が餓死するのでは、などと思わないでほしい。実際、僕の健康状態は完璧なんだ」。

「アルバム『Thriller』は、チャイコフスキーの『くるみ割り人形組曲』のディスコ・バージョンなんだ。当時流行っていたディスコは、多くの人々の心をとらえていた。どの曲も素晴らしい『くるみ割り人形組曲』のように、すべての曲をヒットさせたかったんだ。グラミー賞では8部門を受賞し、最も売れたレコードとしてギネスブックにも載った。まさにあれは頂点だったね。その後のVictoryツアーは観客動員数など多くの記録を打ち立てた。オープニングのカンザスシティではジェシーとも会ったね。一緒に祈りを捧げた光景は美しかった」。

「僕は陰謀の犠牲者だ。裁判所からの緘口令により、訴訟に関する細かい内容を議論する事はできない。しかし僕自身も、ネルソン・マンデラやジャック・ジョンソン、モハメッド・アリなどの、不当な扱いを受けた著名な黒人たちと同じだと思っている。ジェシーも含め、こういった人々の伝記を読むと強さを与えられる。僕の人生で、今は気分的にどん底の時期かも知れない。神からは強い心を頂いている。僕はエホバの神を信じているんだ」。

「僕が破産寸前などという話はまったくのデマだよ。僕の邪魔をしようとする多くの陰謀のひとつだ。僕を泥沼へ突き落とそうとしているんだ。僕がソニーと共に所有する版権カタログには、僕の大好きなビートルズやスライ&ザ・ファミリー・ストーン、そしてエルヴィス・プレスリーなど多くの価値ある曲が含まれている。このカタログをめぐって、凄まじい争いが繰り広げられている。この件についてコメントはできないが、沢山の陰謀が渦巻いているんだ」。

「(背中を痛めた件について)あの日はシャワーを浴びた後に転倒し、全体重が胸郭に乗ってしまったんだ。肺をひどく痛めてしまった。僕は毎日法廷で痛みと戦っている。僕はできるだけ耐えているが、喀血(かっけつ)が見られた。医師からは危険な兆候だと言われたから、注意深く様子を見ている。これは仮病などではない。転倒の際にアゴを打ち、額には大きな切り傷ができた。薬も服用しているが痛みはひどく、法廷で思わず涙を流してしまったよ。裁判の内容に涙を流したのではない。肉体的な痛みだ」。

「僕の子供たち、家族、そして僕自身のために祈りを捧げてほしい。困難な時期ではあるけれど、見聞きした物を鵜呑みにしないでほしい。活字になったからといってそれが真実とは限らないんだ。有名になればなるほど標的にされてしまう。マスコミはそこから金を稼ぎ、視聴率を稼ぐ。ひどい話だ。でも最終的には僕の無実が証明されるよ。僕は真実を知っているから。僕は無実の人間だ。これからも愛する神に祈り続ける」。

「僕は芸術を愛している。僕はミュージシャンであり、監督であり、作詞家であり、作曲家であり、プロデューサーでもある。僕は映画が大好きだ。彫刻家は彫像の中に、画家は絵画の中に、映画監督はフィルムの中にその瞬間を閉じ込める。観客を好きな場所へと連れて行けるんだ。人々の人生を変えてしまうだけの力を持っている。だからこそ僕は映画にのめり込んでいる。僕はいつだって人生の夢と理想を持ち続けている。僕は非常に強い人間だ。忍耐力や決断力、理想を追い求める力こそは、やる気のある人間にとって必要不可欠だと思わないかい?」。

「次のプロジェクトとして、津波災害を受けたマダガスカルやソマリアのためのチャリティーソングを作りたい。アフリカの荒廃ぶりはほとんど話題にはならない。彼らのために何かをしたい。現地に家族向けの美しいリゾートを建設しようとしているんだ。あそこには美しい場所が沢山ある。もっと国際的な事をやりたいんだよ。アフリカも、アフリカの人々も大好きだ。だからこそ僕は、機会があれば子供たちを連れてアフリカへ飛ぶんだ。僕はアフリカで他の国よりも多くの時間を過ごす。ヨハネスブルグ、ケープタウン、ケニア、象牙海岸、ルワンダ…何て美しい土地だろう」。

「地球上のありとあらゆる場所、あらゆる国籍、あらゆる人種、あらゆる言語を超えて、ファンのみんなには心から愛していると伝えたい。みんなの祈りや善意はかけがえのないものだ。どうか辛抱強く僕と共にいてほしい。どうか僕を信じていてほしい。僕はまったくの、まったくの無実なのだから。だが覚えていてほしい。こうしている間にも、多くの陰謀が進行中なんだ。神のご加護を」。



3/17
ネバーランドの元家政婦が証言台に立ち、「マイケルが未成年者にアルコールを与える姿は見た事がない」と証言。この日、証人として出廷したキキ・フォーニアは1991年から2003年9月までネバーランドで家政婦として働いていた。フォーニアによると、ネバーランドに滞在していた子供たちは、与えられた部屋よりもマイケルの部屋で過ごしたがる傾向にあり、親の監視のない状況下、走り回り、夜更かしをし、お菓子を食べながら映画やゲームに興じていたという。「彼らはよく、映画館でキャンディの投げ合いっこをしていた。まるでピノキオのプレジャー・アイランドのよう。子供たちは時々、乱暴になる事もあった。彼らには行動の自由が与えられていたので、本当に手に負えなくなる事も」。フォーニアは、子供たちが酔っ払っているような状況を3〜4回見たが、マイケルが彼らにアルコールを与えている姿は見た事がないと述べた。

原告少年とその弟も、そのような子供たちに含まれていたとフォーニアは証言した。「ネバーランドでの彼らは、日を追うごとに乱暴になっていった。最初は行儀良く見えたが、兄弟の部屋は汚くなる一方。彼らはいつだってだらしなく、物は壊され、メチャクチャだった。まるで竜巻が通り過ぎた後のように」。メゼロウはこの発言に着目し、それがいつ頃だったのかを質問。フォーニアは「兄弟がネバーランドを離れる頃には、彼らの部屋は恐ろしいほど散らかっており、その点についてジャクソン氏に注意しなければならかった」と答え、メゼロウが「兄弟がベッドで寝た形跡はあったのか?彼らは自分の部屋にいたという事だね?」と尋ねると、フォーニアは「はい」と答えた。

原告少年は「ネバーランドを離れる頃、マイケルの部屋で複数回の虐待を受けた」と主張しているが、フォーニアの証言により新たな矛盾点が判明する結果となった。また、イギリスBBCのマイケル・ブキャナンは、2003年11月のネバーランド家宅捜索で押収されたカードが弁護側にとって有利な証拠物になり得ると指摘。「少年は、ジャクソン氏について『世界一素敵な大人』と記述し、ガン克服の手助けをしてくれた事への感謝も書き記している」。



3/15
「マイケルは、ジェシー・ジャクソン師と共に祈りを捧げています」。広報担当のレイモン・ベインが明らかにした。ベインによると、出廷日のマイケルは午前4時半に起床した後、ジャクソン師と電話で15〜20分近く話し、共に祈りを捧げているという。「彼は毎朝のようにジャクソン師へ電話をかけています。彼らは長年の知り合いなのです」と、ベイン。

ジャクソン師も、マイケルとは朝晩電話で会話を交わしていると、AP通信の記者に語った。「彼と、彼の家族に助言を与えている。主に彼らに伝えたいのは『集中する事』。彼は真剣だ。集中している。この裁判は、訴えた側にも訴えられた側にも、当事者たちにとっては困難なものだ…彼はこの状況を切り抜けるだろう」。また、ジャクソン師は、陪審団に黒人が含まれていない事の不当性を改めて訴えた。



3/14
原告少年への反対尋問が再開され、少年はかつて通っていた中学校の校長に「マイケルから虐待は受けていない」と語っていた事を認めた(写真=出廷時および退廷時のマイケル一行)。

6時間に及んだ反対尋問の中で、メゼロウから「校長の『ジャクソン氏から性的虐待を受けたという話は本当か?』との質問に対し、君の答えは『いいえ』だったね?」と尋ねられた少年は、うつむきながら「そのように二度答えた」と事実を認めた。さらにメゼロウが「二度目には『彼は性的に不適切な触り方などしなかった』と答えているね?」と追求すると「分からない」と答えた。また、前日の夜にスネドンを始めとする検察団が少年のもとを訪れ、校長と交わした会話の内容について話し合いをしていた事も少年は認めた。

この発言は少年と家族がネバーランドを最後に訪れた2003年3月以降のもので、少年側が主張する虐待があったとされる時期との食い違いが改めて浮き彫りになった。少年は当初、虐待行為はマーティン・バシールによるドキュメンタリー番組の制作前に起きたと訴えていたが、昨年4月の大陪審では「番組が放送された後」と証言内容を変えていた。「今になっても、いつ何が起こったか覚えていない」と答える少年に対し、メゼロウは「君の話は大きくなるばかりだ。マイケルから強要されたというアルコールの量に関しても、最初は『少量』だったのが『大量』となり、しまいには『ほぼ毎日』と発言を変えている」と、厳しく非難した。少年への反対尋問は15日も引き続き行われる予定。退廷後、まだ背中が痛むというマイケルは「メゼロウの仕事ぶりは素晴らしかった」と感想を述べた。



3/10
この日の早朝、背中に激しい痛みを訴えたマイケルは地元のサンタイネスヴァリー・コテージ病院へ搬送され、緊急治療室で手当てを受けた。しかし午前8時半の開廷時刻に間に合わなかったマイケルに対し、判事ロドニー・メルヴィルが激怒。メルヴィルは、メゼロウの「ジャクソン氏は深刻な痛みで病院へ行っている。彼もこちらへ向かおうとしている」という説明を聞き入れず、「彼が出廷するまで、1時間だけ猶予を与える。それを過ぎたら逮捕状を発行し、300万ドルの保釈金も没収する」と宣言。メルヴィルはマイケルを診察した医師と話す事も拒否した。

8時45分、病院を出たマイケルを乗せた車は、およそ60キロ離れたサンタマリア地裁へ猛スピードで向かい、期限の1時間を数分過ぎて到着。パジャマのズボンにTシャツ、上着を羽織った姿のマイケルは、同行したジョーやセキュリティらに両脇を抱えられての出廷となった。ジャクソン一家からは、キャサリン、ティト、ジャーメインも出廷した(写真)。

8日の公判で原告少年の弟に、過去の証言で偽証した事を認めさせたメゼロウは、この日の反対尋問で「少年は作り話をしている」と非難。前日に引き続き証言台に立った原告少年に対し、「君が『マイケルから不適切に触られた』などと言い始めたのは、ラリー・フェルドマン(1993年の虐待容疑で原告側の弁護士を務めた人物)に会ってからだろう?」と質問すると、少年は「ラリー・フェルドマンとそんな話はしていない」。だが少年は、弁護士と会った後もネバーランドを数回訪れた事を認めた。

少年がガンを患っていた頃、マイケルはほとんど何もしてくれなかったとの証言にも、メゼロウは異議を唱えた。「マイケルは週に3日は電話をかけて2〜3時間は会話をし、プレゼントを贈り、少年と家族をネバーランドへ招待して数週間滞在させ、フロリダのリゾートホテルにも泊まらせ、お抱え運転手付きのリムジンやロールスロイスまで用意した」。

少年のためにマイケルがネバーランド内で献血の呼びかけをしていた事は知っているのか、との問いに少年は「献血について何か聞いた事はあるが覚えていない」。メゼロウが怒り口調で「君がガンを患っていた頃、マイケルは君のために何もしてくれなかったと、陪審団の目を見て言えるのか?」と問いただすと、少年は「何もしてくれなかったとは言ってない。他の有名人の方がもっと色々な事をしてくれた。一緒に暮らそうと招いてくれた人は他にはいなかったけど」と応酬した。反対尋問は途中で時間切れとなり、14日に再開される予定。退廷後、マイケルは「(緘口令のため)話す事はできない。(背中は)とても痛む」とだけコメントした。

マイケルの遅刻について、広報担当のレイモン・ベインが声明を発表した。「マイケルは今朝5時15分、背中に激しい痛みを訴えました。この時点で彼は弁護団や相談役に、動ける状態にない事を知らせるため電話を入れました。彼は最寄りの病院で筋弛緩剤の投与を勧められたのです。トーマス・メゼロウ弁護人はこの状況を知ると、即座に判事へ伝えました。マイケルは時間通りに出廷するつもりでした。マイケル自身も、これほど長く病院に留められるとは予期していませんでした。着替える時間もあったはずですが、できるだけ早く裁判所へ到着する事こそが、彼にとっては重要だったのです。マイケルは原告少年と対面する事を心待ちにしていました。断じて、原告少年に怖じ気づいたのではありません。マイケルは、弁護団は素晴らしい仕事をしてくれていると感じています」。



3/6
ジャカルタで開催されたジャワ・ジャズ・フェスティバルのため現地入りしている「ソウルの帝王」ことジェームス・ブラウン(写真)が、AP通信の電話インタビューに応じ、マイケルの性的虐待容疑について「彼は罠にはめられた」と語った。ブラウンは、自身の過去の暴行容疑や薬物使用容疑などを例に挙げ、「訴えを起こす連中の存在を知る事だ。俺も長い事、こういう連中のターゲットにされてきた。奴らは楽に何かを得ようとする。マイケルも他の多くのエンターテイナー同様、罠にはめられたんだと思う。世間は、有名人ならば大金を持っていると思っているんだ」。

ブラウンは、マイケルはカリフォルニアの法廷よりも、津波の被害を受けたインドネシアに来るべきだと言う。「みんなマイケルを必要としている。マイケルにもここへ来て、みんなを楽しませてほしい。マイケルがここでパフォーマンスをしたら凄いだろうな。彼はとても魅力的な才能の持ち主。誰もが彼を知っている。そのうち、俺は歳で世界を回れなくなるだろうから、その時には彼のような素晴らしいエンターテイナーが後を継ぐ姿を見たいね」。



3/4
この日のマイケルには、キャサリン、ジャーメイン、ラトーヤが同行(写真)。前日の公判では、原告少年の姉が検察側の証人として出廷し、「マイケルと弟の奇妙な関係」について証言したが、翌日には早くもこの証言内容が覆される事となった。法廷内で上映されたビデオの中で、少年の家族はマイケルを「理想の父親像」として称賛していた。

「神のご加護で、マイケルは私たちを救ってくれた。絶望の淵にある時もマイケルは希望を持たせてくれた。ボロボロになっていた私たちをマイケルは立ち直らせてくれた」。2003年2月19〜20日にかけて撮影されたこのビデオで、母親は「息子はマイケルに『パパと呼んでもいい?』と尋ね、マイケルも『もちろん』と答えてくれた」と証言。少年の弟は「マイケルは僕たちの本当の父親よりも父親らしい」と語り、家族はマイケルを指して「素晴らしい」「謙虚だ」「面白い」「父親らしい」といった言葉で表現していた。

少年は初めてネバーランドを訪れた時の思い出を語り、「僕がマイケルの部屋で寝てもいい?と聞いたら、彼は『両親の許可があればオーケー』と言った。それでどちらがベッドで寝て、どちらが床で寝るかの話し合いになったんだけど、結局マイケルが『分かった、もし僕が好きならば君がベッドで寝るんだ』と言ったんだ」と語った。すると母親は笑いながら「それはフェアじゃないわね」。少年によると、その晩はマイケルが床の上で寝たが、同じ部屋で他にも数名が寝ていたという。「マイケルは父親のように接してくれたし、僕も彼の息子になったような気分だった」。

ビデオの中では、姉は「マイケルはとても思いやりがあり、謙虚な人。弟をよく助けてくれた。ある日、私が弟の事で泣いていた時も、マイケルは私を抱きしめて『きっと良くなる』と言ってくれた。私たちのために立ち上がり、守ってくれた…まさに父親だった」と涙ながらに語り、母親は「マイケルが受け入れてくれるまで、誰も家族を助けてはくれなかった。彼は迷いもせず受け入れてくれたの。うちの3人の子供たちを、まるで我が子のように扱ってくれたわ。マイケルを悪いように描くメディアには腹が立つ」と述べていた。1時間以上にわたるビデオの上映中、傍聴席のキャサリンは涙を拭っていたという。

また、母親は「私たちは貧しい事がどんなものか分かっている。でも常にマイケルと一緒にいれば、お金の心配などないの。彼は私たちを満たしてくれる」と発言していた。上映後の反対尋問で、この発言についてメゼロウから質問された姉は「母は物事をドラマチックに語りたかっただけ。実際には台本が存在していた」と答えた。「では、このビデオで語った内容はすべて覚えているという事か?」と聞かれると「すべては覚えていない」。さらに姉は、前日の晩に検事トム・スネドンと会い、証言内容について打ち合わせをしていた事を認めた。



3/2
検察側の2人目の証人として、元マイケルの広報担当、アン・マリー・カイト(写真)が召喚された。この日もマイケルには、キャサリンとジャッキーが同行した(写真)。カイトは2003年2月9日、元ボーイフレンドで当時マイケルの顧問弁護士を務めていたデヴィッド・ルグランにより雇われたが、マイケルとは実際に会う事もなく、6日後には解雇された。カイトによると、当時マイケルのスタッフだったディーター・ウィスナー、ロナルド・コニッツァー、スチュアート・バッカーマン、マーク・シャフェルらはマイケルの利益など考えている様子は見受けられず、マイケルから膨大な額の金を着服し、陰謀を企てていたという。カイトは「彼らがジャクソン氏を騙し、破滅させようとしていると私は確信した」と証言した。

また、カイトは、友人であるソニー・ミュージック幹部からの情報として、マイケルが所有する版権カタログ(昨年4月27日の項目参照)の権利を奪うべく、コニッツァーらがマイケルの周囲で暗躍していたと語った。「私もカタログの重要性には気づいていた。ソニーはカタログを取り戻すべく、機会をうかがっていたらしい。ジャクソン氏の相談役たちは互いに反目し合っていた。シャフェル、コニッツァー、そして財政相談役のアル・マルニックなどは疑わしかった」。メゼロウは反対尋問の最中、「ジャクソン氏は、彼の名声を失墜させようとした側近たちの被害者だ」と語った。

検察側の意に反して、カイトの証言内容は、マイケルを取り巻く陰謀の存在を陪審団に印象付ける形となった。退廷後、報道陣からの「弁護団には満足しているか」との問いにマイケルは短く「イエス」と答えた。



3/1
前日に引き続き、弁護側の冒頭陳述が行われた。マイケルは、キャサリンとジャッキーを伴って出廷(写真)。メゼロウは、ネバーランドに招かれた原告少年の品行の悪さを明らかにした。「初めの頃こそ行儀がいいように見えたが、次第にネバーランドで暴れるようになった。マイケルの不在時に寝室へ入り込み、ポルノ雑誌を読みふけり、飲酒までしていた。少年と弟は遊園地のアトラクションを乗り回し、下にいる人々や動物園の象に向かって物を投げつけた」。また、メゼロウは、マイケルが証言する可能性を何度か示唆した。「マイケルも、女性のヌード写真が掲載された本を時折見る事はあると、率直に認めている。しかし決してそれを子供に見せるような事はしない。マイケル自身も、ネバーランドで家族に不快感を持った経験を語るだろう。少年の母親が『みんなでマイケルパパと一緒にお祈りをしましょう』と発言するなど、たび重なる家族の奇妙な行動に、彼は不信感を抱くようになっていった」。

検察側の「虐待行為は『Living with Michael Jackson』の放送後に行われた」という主張には「その時期、マイケルは少年の側にさえいなかった。番組により世間の注目度が高まり、少年が児童福祉団体から調査を受けていた時期にそのような事ができるのか?少年と家族は、番組の取材や福祉団体による調査を含め、少なくとも3回は『マイケルとの不適切な関係はなかった』と証言している。これにより検察は、虐待が行われたとされる時期の変更を余儀なくされた。検察が主張する内容を裏付ける証拠となるようなDNAも、マイケルの寝室からは検出されなかった」と、数々の矛盾点を指摘。メゼロウは「私は強く確信している。陪審団にも、マイケル・ジャクソンがすべての容疑において無罪である事が分かるだろう」との言葉で冒頭陳述を締めくくった。

検察側の最初の証人として「Living with Michael Jackson」でマイケルを取材したジャーナリスト、マーティン・バシールが召喚され(写真)、証拠の一環として検察側は廷内で同番組を上映。陪審員の中には、身を乗り出して画面に見入る者、マイケルのユーモアに笑みを浮かべる者、マイケルの音楽に頭を揺らす者もいたという。上映後、証言台に立ったバシールはメゼロウから質問を受けたが、ジャーナリストの守秘権や合衆国憲法による言論の自由などを理由に、およそ30回にわたり応答を拒否した。バシールの声はささやくように小さく、マイケルが両腕を広げて「喋らないのか?」というジェスチャーをしてみせる場面もあった。退廷後、報道陣から今の気分を聞かれたマイケルは「腹立たしい。僕は元気だ。だが、頭に来ている」と答え、法廷を後にした。



2/28
サンタマリア地裁で検察・弁護側双方による冒頭陳述が行われた。マイケルは、キャサリンとジャーメインを伴って出廷(写真)。

まず、検察側代表としてサンタバーバラ郡地検トム・スネドンが陳述を行った。「一昨年のドキュメンタリー番組『Living with Michael Jackson』の放送後、ジャクソンの世界は揺り動かされた。ジャクソンはマーティン・バシールによる同番組で下降気味だった人気を再燃させようと試みたが、これが予期せぬ事故を招いた。ジャクソンはネバーランドへ原告少年を招いた初日からアダルトサイトを閲覧させ、その場にはフランク・タイソン(当時の側近)と息子のプリンスもいた。虐待行為は少年が13歳だった2003年2月もしくは3月に行われた。ポルノ写真はネバーランドの数ヶ所で発見されており、ジャクソンが少年に飲酒を強要していた現場を目撃した者もいる。家宅捜索で押収された雑誌からは少年とその弟、そしてジャクソンの指紋が検出された」。

これまで公表されていなかった起訴内容としてスネドンは「フランク・タイソンは少年に対し『マイケルはお前たち家族を消す事もできる。お前の母親だって殺せるんだ』と脅迫した。ジャクソンに雇われた者たちは家族をブラジルへ拉致しようとした」と説明し、共謀容疑者としてロナルド・コニッツァー、ディーター・ウィスナー、マーク・シャフェル、ヴィンセント・エイメンの名を挙げた。スネドンの陳述は3時間に及んだ。

続いて弁護側代表として、主任弁護人トーマス・メゼロウが陳述を行った。「原告少年の家族は詐欺師。母親は息子の病気を利用して、テレビ番組司会者のジェイ・レノやコメディアンのジョージ・ロペスなどの有名人から金をゆすり取ろうとしてきた、ご都合主義者だ」と、スネドンの主張に真っ向から異議を唱えた。

メゼロウは、母親が「次から次へと」起こした詐欺事件のリストを並べ立て、陪審団に詳細を説明。「とあるコメディアンに『息子の治療のために』と寄付させた2万ドルを、母親はテレビやCDの購入に費やした。ジェイ・レノにも電話で経済的援助を要求したが、後に『この女性はターゲットとなる者を探している』と警察へ通報されている。この母親は他にも、マイク・タイソンやジム・キャリーなどの有名人にも接触を試みた。そして世界一の有名人、マイケル・ジャクソンがターゲットとなった。ネバーランドは、不法行為や性的虐待への誘惑、犯罪を呼び起こすには不向きな場所。少年の家族により罠が仕掛けられていた事も知らず、自分の時間を割いてまで少年をガンから救おうとしたマイケルの態度は尊敬すべきものだ。少年に、ガン細胞が食い尽くされる様子をイメージさせるために、マイケルはパックマンのゲームをプレイしてみせた」。

また、メゼロウは、虐待が行われたとされる時期についても「マイケルを告発するようなドキュメンタリー番組が放送されて世間の注目が集まっている中、虐待が行われるものであろうか」と疑問を投げかけた。「ネバーランドのゲストハウスは人質を監禁する場所」という母親の主張も、メゼロウは「エリザベス・テイラーやマーロン・ブランドがネバーランドを訪れた際の特別室として、個人的なリクエストにより作られたもの」と一蹴。その上、「人質として監禁されていたとされる時期にこの家族は、マイケルの名義を使って大量の買い物をしていた」と指摘した。メゼロウの陳述は午後に入って時間切れとなり、1日午前8時半から引き続き行われる予定。



2/27
黒人運動指導者のジェシー・ジャクソン師は、「マイケルの裁判における陪審員選任過程は欠陥だらけ」との意見を述べた。「カリフォルニアで行われているマイケル・ジャクソンの訴訟における陪審員の選定が完了した。驚くべき事に、これほど注目度が高く、また慎重に扱われるべき訴訟でありながら、陪審員としてただの1人の黒人も選ばれなかったのである。マイケル・ジャクソンは一般のアメリカ人同様、法廷で公正かつ公平な待遇を受ける権利を有している。しかし、陪審団に1人も黒人が含まれなかったという事実は、『陪審団から公平な審理を受ける』という、基本的約束および法廷の本来のあるべき姿に対して疑問を投げかけるものだ。

当初よりこの訴訟は、人目を引く告発の数々や絶え間ざる情報の漏洩、そして検察側による進行過程の政治問題化などの嫌がらせを受けてきた。これらの要素、また陪審員の選定方法における欠陥は『果たしてこの訴訟は公正かつ公平な方法で進められていくのだろうか?』という疑問を、今後も提起し続けるであろう。まったく信じられない。このように注目度が高く、慎重に扱われるべき訴訟で、陪審団から黒人が除外されているのである。弁護団にも想像もつかなかったのではないか?もしそうでなければ、不公平以外の何物でもない。

もうひとつのシナリオを考えてみてほしい。もし、白人が黒人の子供を虐待したとされる裁判で、7人の黒人、4人のヒスパニック系、1人のアジア系から成る、白人を除外した陪審団と対峙する事となったら?不公平かつ著しくバランスを欠いたものと映るのではないか?マイケル・ジャクソンには法廷で公正な裁判を受ける権利がある。しかしその過程は公平かつ透明性のあるものでなくてはならない。裁判は公正に行われるという法則を最大限に遵守せねばならない」。



2/24
この日の午後、8名の補欠陪審員が決定。内訳は男女4名ずつ、最年少は19歳の男性で最年長は81歳の女性。6名が白人、1名がヒスパニック系、最年少の男性のみが黒人。このうち2名はネバーランドを訪れた事があるという。8名の補欠陪審員は、前日に選ばれた12名の陪審員に問題が生じた場合、代理を務める事となる(写真=出廷時および退廷時のマイケル)。

冒頭陳述は28日午前8時半から行われる。CBSの法律解説員、アンドリュー・コーヘンは「もし判事が陪審員の選定と同じくらいの早さで公判を進めるのであれば、判決まで半年もかからないだろう」との見方を示した。



2/23
正午前、判事ロドニー・メルヴィルは陪審員の決定を宣言。当初1ヶ月ほどかかるとみられていた選任手続きは、5日目の午前中で作業終了という異例の早さだった(写真=出廷時および退廷時のマイケル)。選ばれた12名の陪審員の内訳は男性4名に女性8名、最年少は20歳の男性で最年長は79歳の女性。この中に黒人は含まれておらず、7名が白人、4名がヒスパニック系、1名がアジア系だという。弁護側は少なくとも1名の黒人を選出しようと試みたが、検事トム・スネドン率いる検察側によって排除された。今後、弁護側・検察側双方とも4名ずつ、合計8名の補欠陪審員を選び、早ければ28日には冒頭陳述が行われる。

アメリカの芸能情報番組「Celebrity Justice」が伝えたところによると、サンタバーバラ郡保安官事務所がマイケルを逮捕する7ヶ月前に「児童虐待の証拠なし」として、捜査を終了していた事が明らかとなった。同番組によると、2003年2月20日午前10時、ロサンゼルス児童家族サービスの3人の職員が、後に原告となる少年と家族のアパートを訪問し、聞き取り調査を行った。だが家族は全員「マイケルは虐待などしていない」と、はっきり答えたという。職員たちが自分たちの事務所へ戻ると、午後3時にサンタバーバラ郡保安官事務所の警部補から電話があり「少年からも家族からも話を聞くな」と指示された。職員たちは「我々は仕事でやっている。このような要求は受けた事がない」と、困惑したという。

職員たちはその後、調査報告書を保安官事務所に提出。捜査官が調査に乗り出したが、同年4月に「虐待の証拠なし」として終了。この時の捜査官は既に保安官事務所から解雇されている。検察側は「母親がマイケル側に有利な証言を強要され、脅迫された証拠を有している」と主張するが、児童家族サービスの職員たちは「そのような証拠は一切なかった。家族は脅迫などされておらず、自発的に発言していたのは明確だ」と語っている。



2/22
マイケルは8日ぶりにサンタマリア地裁へ出廷(写真)。陪審員の選任手続きが2度にわたって中断された点について、判事ロドニー・メルヴィルは「メゼロウ氏は身内に不幸があったため、職務を遂行できる状態ではなかった。ジャクソン氏も実際にインフルエンザを患っていた」と説明し、弁護側による意図的な公判遅延行為ではない事を明言した。この日は陪審員候補者が233名にまで絞り込まれ、選定作業は23日も引き続き行われる。

また、証人リストにスモーキー・ロビンソン、エディ・マーフィー、マコーレー・カルキンらの名前が追加された事も明らかになった。弁護団は、原告少年の家族について「詐欺的な訴えで法外な賠償金をせしめて生計を立ててきた、訴訟のプロだ」と指摘している。



2/16
この日の午後は、ジョー、キャサリン、ジャーメインがマイケルを見舞った。マイケルの容体に関して、マリアン医療センターのトッド・ベイリー医師は午後の記者会見で「安定した状態。ウイルス性の症状が見られるため引き続き様子を見る必要があるが、それ以外の点では元気だ」と発表。だが、それから約2時間後の午後5時半頃、マイケルを乗せた車は医療センターを後にした。マイケルの広報を務めるレイモン・ベインは、マイケルが自宅療養のためネバーランドへ戻った事を明らかにし、治療にあたった医療センターのスタッフに感謝の意を表した。



2/15
この日の朝、車でサンタマリア地裁へ向かっていたマイケルは体調不良を訴え、現地のマリアン医療センターへ搬送された。マイケルを診察したチャック・メリル医師によると「嘔吐を伴うインフルエンザのような症状。容体は安定しており、数日で回復する見込み」だという。トーマス・メゼロウ弁護人は「今朝、裁判所へ向かう途中のジャクソン氏と電話で話したのだが、非常に体調が悪いとの事で医師の診察を受けると言っていた」と説明。メゼロウによると、マイケルは前日の出廷時にも何度か鼻をかむ仕草が見られたという。マイケルの入院により、陪審員の選任手続きは22日まで延期となった。

裁判所から2キロほど離れた医療センター周辺には、およそ50名のファンや報道陣が詰めかけた。見舞いに訪れたランディによると「マイケルは、今夜は病院に留まる予定。病気になっても彼の精神状態はしっかりしている。彼は先週末から具合が悪かったので、月曜の出廷を見合わせるよう助言した。それでも、欠席した場合の事を懸念して彼は出廷した。月曜に裁判所へ向かう際にも、彼は体調がすぐれなかったんだ」。集まったファンから、マイケルの病状について聞かれたランディは「彼はすぐ良くなるだろう。しかし母の体調が心配だ。母のためにも祈りを捧げてくれるかい?」と答えた。その直後、失神して倒れたファンをランディと他のファンが介抱する一幕もあった(写真)。



2/14
主任弁護人トーマス・メゼロウの親族の逝去により延期となっていた陪審員の選任手続きが再開された。マイケルも午前8時過ぎ、サンタマリア地裁へ到着(写真)。この日は113名の陪審員候補者が出廷。候補者の中に、今後召喚される予定の証人の知り合いがいない事を確認するため、弁護側・検察側双方からおよそ400人分の証人リストが提出された。弁護側の証人リストには、エリザベス・テイラー、ダイアナ・ロス、スティーヴィー・ワンダー、クインシー・ジョーンズ、ロドニー・ジャーキンス、バリー・ギブ、ニック&アーロン・カーター兄弟、クリス・タッカー、ブレット・ラトナー、スティーヴ・ハーヴェイ、コービー・ブライアント、ジェイ・レノ、ラリー・キング、エド・ブラッドリー、モーリー・ポヴィッチ、デヴィッド・ブレイン、ユリ・ゲラー、ミコ・ブランドなどの他、ジャクソン一家からはプリンスとパリスを始め、マイケルの甥や姪など10名が含まれているという。



2/9
ビルボードの2月19日付アルバムチャートで「Number Ones」は、前週の162位から122位へと上昇。ニールセン・サウンドスキャンの調べによると、先週アメリカ国内で同アルバムは、前週比41パーセント増の9,198枚を売り上げた。



2/5
アメリカFOXニュースの「The Big Story with Rita Cosby」で、リタ・コスビーによるキャサリンへのインタビューが放送された。マイケルについてキャサリンは「世間は間違った捉え方をしている。それは意地汚い気持ちで見ているからよ。彼は不適切な行為などしていない」と語った。「何故、自分の息子は虐待者ではないなどと言い切れるのか」との問いにも「100パーセント確信を持っている。彼の性格を知っているから。私は息子を正しく育てた。彼は私の目を見て『母さん、僕はあんな事やっていない』と言ったわ」と答えた。

さらにキャサリンは「サンタマリアはあまりに保守的な土地。彼が公正な裁判を受けられるとは思っていない。どこか他の場所で行われるべきだと思う。黒人にとっては厳しい環境ね。あの地域には多くの人種差別主義者がいるらしくて、スネドンの息子もその一味だと聞いているわ」と述べた。

同局ではその後、「At Large with Geraldo Rivera」で、ヘラルド・リヴェラによるマイケルへのインタビューを放送。リラックスした表情のマイケルは、子供たちへの思いや芸術に対する姿勢、家族との関係などについて語った。また、昨年暮れに発生した津波災害の被災者支援のため、兄弟と共にスタジオ入りしてチャリティーソングを制作中である事も明かした。



2/4
7日に予定されていたマイケルの出廷が中止に。これは主任弁護人トーマス・メゼロウの親族の病状悪化によるもの。当日は陪審員候補者のみが予定通り出廷を求められ、新たな候補者番号を割り振られるという。



2/1
前日に引き続きマイケルはサンタマリア地裁に出廷(写真)、午前中から陪審員の選任手続きが行われた。正午前、判事ロドニー・メルヴィルは「充分な数の陪審員候補は得られたと思う」として、午後および翌日に予定されていた残りの手続きを打ち切った。次回公判は7日に開かれ、250人の候補者は検察側・弁護側双方から個別に質問を受ける。アメリカCBS記者のヴィンス・ゴンザレスは「候補者たちの入廷時には、マイケルも弁護団も陪審員コンサルタントも、全員起立して迎えた。前でじっと手を組んだマイケルは、候補者たちに笑顔で接していた」と伝えた。



1/31
マイケルの初公判が開かれ、陪審員の選任手続きが開始された。午前9時前、マイケルはカリフォルニア州サンタマリアのサンタバーバラ郡上級裁判所に到着。周辺には、数百人のファンや報道陣が詰めかけた(写真)。この日から2月2日までの3日間に750人の地域住民が召喚され、最終的に12人の陪審員が選ばれる。この手続きには1ヶ月以上を要するとみられており、その間、マイケルの家族は出廷を認められていない。

夜には、CNNの人気トーク番組「Larry King Live」に、マイケルの広報を務めるレイモン・ベインが出演。マイケルの様子を聞かれたベインは「彼の体調はすこぶる良好です。長い一日でした。早朝から始まり、午後4時半頃まで続いたのですから。彼は裁判に集中しています。真剣です。今朝方は、家族が同行できないので少々がっかりしていましたが。それでも彼は元気にやっています。彼は強い人です」と答えた。



1/30
大陪審証言録の情報漏洩に際し、マイケルはMJJ Sourceでビデオメッセージを公開した(写真)。

「ここ数週間のうちに、僕に関する卑劣で悪意に満ちた膨大な量の情報が、メディアに流されました。この情報はどうやら、僕の弁護団も僕自身も立ち会えなかった、大陪審の証言録から漏れた物のようです。この情報は実に腹立たしく、内容も嘘ばかりです。

数年前、僕はとある家族にネバーランドの訪問および滞在を許可しました。ネバーランドは僕の自宅です。僕がこの家族を自宅へ招き入れる事を許可したのは、彼らの息子がガンを患っており、助けが必要と告げられたからです。長年、僕は病気などで苦しむ沢山の子供たちを助けてきました。これらの出来事が、僕の家族や子供たち、そして僕自身に悪夢を引き起こしました。僕は二度と、これほどまでに弱い立場に身を置くつもりはありません。

僕は、自らの地元を愛しています。我が国の司法制度にも信頼を寄せています。どうか偏見を捨て、僕に法廷での勝利を与えてください。僕も一般のアメリカ市民同様、公平な裁判を受ける資格があるはずです。真実が語られた時、僕の無罪は立証されるでしょう。ありがとうございます」。



1/28
ジャクソン一家の両親、ジョーとキャサリンがアメリカCBSの「48 Hours」のインタビューに応じ、苦しい心境を吐露した。ジョーは「家内は体調がすぐれない。非常にショックを受けている。夜も眠れないんだ。夜通し泣いている。今回の件で、彼女がどれほど涙を流した事か。心臓に疾患があるというのに」と、キャサリンを気づかった。また、ジョーによると、マイケルは原告側の情報を取り扱う番組を見ないようにしているという。「恐らく、色々な状況について見聞きしすぎないようにしているのだろう」。

キャサリンは特に、マイケルの逮捕劇に傷つけられたという。「あの連中が彼を拘置所へ連行する際、手錠をかけているのを見た時は…あれほど心を痛めた瞬間はなかった。沢山の祈りを捧げているわ」。

ジョーは、マイケルが無罪を勝ち取ればキャリアを再スタートさせられると信じているが、アメリカでは人種差別の目が向けられていると語る。「こんな事はアメリカだけだ。他のどの国でも、世界中でマイケルを誇りに思ってくれている。我々は最大のトラブルを抱えている。それは、人種差別だ」。このインタビューの模様は、今月29日に全米で放送される。



1/26
イラクを訪問中のジャーナリスト、ヘラルド・リヴェラが、ロサンゼルスのラジオ局KFIとの電話インタビューに応じ、マイケルの無実を訴えた。「マイケルは確実な証拠もないのにこのような状況に追い込まれている。数日から数週間もすれば、彼に対する容疑内容の致命的な不備が明らかにされるだろう。何故、現職の地方検事が、原告側の証言や動機のみに基づいてこの訴訟を起こす気になったのかと、世間は疑問を持ち始める。いずれマイケルにかけられた容疑は取り下げられるだろうから、見ているがいいさ」。

マイケルが無実だと思うか、との問いに対してもリヴェラは「私はマイケルのすべてを知っているわけではない。最近、彼と一緒に過ごした事もあったが…彼について書かれたどの記事よりも、彼は至って普通だったよ。しかし今回の特殊な訴訟においては、彼は無実。まったくもって無実だ。あえて断言させてもらうが、この主張に疑いの余地はない。大陪審の記録を見れば、サンタバーバラで『狂犬』と呼ばれるトム・スネドンが関わっていた事が分かる。マイケルはこの少年を虐待などしていない、それがすべてだ。彼にかけられた容疑は偽物だ。すべては彼につけ込もうとするペテン師によってでっち上げられたもの。彼が一風変わった、ターゲットにされやすい人物という理由だけでだ」と答えた。

さらにリヴェラは「近々、マイケルも言うだろう。このような言いがかりは絶対に許さない、と。もはや制御不能で、引退間近で、その座に20年も居座り、喧嘩腰で、相手を沈めるために全権力を注がんとする地方検事によって、彼は貶められている」と語った。



1/21
ラトーヤがアメリカABCのトーク番組「20/20」に出演し、マイケルについて語った。「私は弟を愛している。マイケルはこの世でもっとも素敵な人物のひとり。あなたには分からないだろうけどね。彼はひどく誤解されている。彼は世間から極端なほどかけ離れた生活を余儀なくされてきた。恐らく、世間からどういう目で見られているかも分からないような、外部の世界と断絶した状態なのね。本当に悲しい話だけど。

彼は子供たちと会うのをやめないでしょうね。だって、自分の行動に何も後ろめたいところがないと思ったら『私は何も悪い事などしていない』って言うでしょう?彼は子供が大好き。私たちもみんな子供が大好き。でも最近は世間が間違った捉え方をするから、子供たちに愛情を振りまくのも難しくなってしまった。結果として現在、このような事態が私たちの頭上にのしかかっているの」。



1/17
長年に渡りマイケルのメイクを担当するカレン・フェイが、MJJ Sourceにファンへのメッセージを寄せた。「ファンの皆さんへ。マイケルは、家族とも呼ぶべき素晴らしいファンを世界中に持っています。これは他の有名人には見られないものです。今後数ヶ月の過程がどれほど重要なものとなるかを、ここで論じるつもりはありません。世界中から集まった友人同士による歓喜の輪が広がるであろう事を確信しています。

しかし、これだけは忘れないでください…これはコンサートではないのです。これは真剣な話です。皆さんには、マイケルに対する敬意だけではなく、サンタバーバラ郡の地域社会や住民の方々への敬意も忘れてほしくありません。マイケル同様の品行方正な行動をお願いします。皆さんの真心、勇気、強さを見せる事はもちろんですが、何よりも周囲に敬意を表す事です。

常に心に留めておいてください…世界中が見ています。あなた方はマイケルの代理です。あなた方はマイケルの心の延長線上にあるのです。くれぐれも『最前列の席を求めてステージへ押しかける』ような行為は慎んでください。もし、平和、愛、知性、団結のメッセージを示すチャンスがあるとしたら、今こそがその時です。皆さんはマイケルと1,000パーセント共にあるのです。私もあなた方と共にあります。愛を込めて−カレン・フェイ」。



1/15
2003年11月に発売されたベスト盤「Number Ones」の総売上げ枚数が、世界中で600万枚を突破。現在までにアメリカで81万5千枚、イギリスで160万枚が売れている。また、1月29日付ビルボードアルバムチャートにも177位で9ヶ月ぶりのランクイン。



1/13
マイケルの主任弁護人トーマス・メゼロウは、原告少年による大陪審での証言録がマスコミに流された件を受け、声明を発表した。「今回の訴訟における大陪審での証言録が意図的に漏洩された事に対し、我々は強く異議を申し立てます。この大陪審に関する資料は、メルヴィル判事により非公開とされてきたのです。大陪審以前に証言を行った証人たちは、弁護側から詰問を受ける事も弾劾を受ける事もありませんでした。法令により、判事や弁護士が大陪審の場に立ち会う事は一切許可されていません。その上、弁護側には、この一方的な審理に反論するため独自に証人を召喚する機会さえも与えられなかったのです。この訴訟は、情報漏洩によってではなく、法廷で勝利を収めるでしょう。その時こそ、マイケル・ジャクソンは無罪となり、汚名を晴らす事となるのです」。



1/12
ニールセン・サウンドスキャンの調べによると、2004年度の米国内でのマイケルのCDおよびDVDの総売上げ枚数は、1,150,975枚に及んだ。ただしこの数字はマイケルのすべての作品を含んではいない。売行きトップ3は、アルバム「Number Ones」(約40万枚)、アルバム「Thriller」(約23万枚)、DVD「Number Ones」(約18万枚)。



1/6
イギリスの2004年度年間アルバムチャートで、「The Very Best Of The Jacksons」が155位、「Thriller」は135位、「Number Ones」は57位に。上位200位以内に3枚以上のアルバムがランクインしたアーティストはマイケルのみ。



1/4
昨年12月26日に発生したスマトラ島沖地震による津波災害の報を受け、マイケルはMJJ Sourceに声明文を発表した。「インドネシアやアジア諸国、インド、ソマリア他の国々に押し寄せた恐ろしい地震および津波により命を奪われた方々のご冥福をお祈りし、心からお悔やみ申し上げます。この悲劇を奇跡的に生き延びた方々や、被災地で敢然と救助にあたる方々にも我々の愛を贈りたいと思います。皆さんの無事と救命活動の成功をお祈りします。

ニュースでこれほどの惨状や絶望感を目撃し、我々が体験した衝撃や恐怖、悲しみは言葉では言い表せません。僕にとってこれは特に辛いものでした。僕自身、これらの地域を何度も訪れ、現地で出会った人々の愛情や優しさ、温かさが忘れられないのです。すべての友人、ファンの皆さんに励ましの言葉を贈ります。また、復興を支援する諸機関に貢献したいと思います。このような時こそ、お互いの力が必要です。我々は奉仕の精神の下に結束せねばなりません。神のご加護を。心を込めて−マイケル・ジャクソン」。



2004年・下半期のニュース

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