2002年・下半期


MJ in Berlin (11/19)



12/30
ビルボード誌の2002年度人気アルバム投票でマイケルのアルバム「Invincible」が、投票された29,705票中の79パーセントを集め、R&B・ヒップホップアルバムチャートで1位に選ばれた。2位以下には、エミネムの「The Eminem Show」、アリシア・キーズの「Songs In A Minor」などがランクイン。



12/27
イギリスのMJニュース・インターナショナルによると、マイケルは現在「Xscape」という曲の仕上げ作業に入っているという。このアップテンポのダンスナンバーは、アルバム「Invincible」に収録される予定だったとも言われており、今後のプロジェクトで使用される見込み。



12/21
マイケルは、ドイツの週刊誌ブンテ宛てにクリスマス・メッセージを贈り、この模様はドイツZDFの「Leute Heute」と、アメリカの「Entertainment Tonight」で放映された(写真)。

「子供たちへ、こんばんは。そしてメリー・クリスマス。僕が音楽を作る時はいつだって、僕の音楽が多くの人々に喜びを与えてくれるよう願っています。もしそうなれば、僕は非常に嬉しい。喜びを与える事はひとつの幸せを生み出します。残念ながら、幸せに恵まれない沢山の子供たちが存在しています。ドイツにも、そして他の国々にも。

そのような子供たちにとってクリスマスの間は、特に辛い時期となります。クリスマスともなれば、彼らが失ったものを否応なしに目にするからです。例えばそれは小さなプレゼントであったり、温かい食事であったり、家族であったり、少しの愛であったりするでしょう。だからこそ僕は皆さんを必要としているのです。皆さんの助けが必要です。そのような子供たちを、共に助けていこうではありませんか。独りぼっちの 彼ら一人一人に手を差し延べて、「君は独りぼっちなんかじゃないよ」と伝えようではありませんか。

今年は僕が皆さんやドイツの子供たちに語りかけ、わずかばかりの贈り物を届けたのみでした。皆さんの助けがあれば、来年こそは僕たちみんなが、より多くの国々で同じ事をしてあげられるでしょう。共に語りかけ、もしくは共に歌い、贈り物を届けるのです。より大きな事を考えていきましょう。僕たちの試みに協力してくれる人々を沢山見つけていきましょう。ここに、ヨーロッパ全土に、そして世界中に。僕たちには出来ます。僕には分かります、僕たちには出来るんです。

大人の皆さんへ伝えておきたい事があります。僕らにとって、多くの事が一見、重要であるかのように見えます。時々、自分たち自身が大事であるかのように思えます。大事なのは僕らではありません。我々の子供たちほど重要なものは他にないのです。彼らこそが未来なのです。彼らこそが世界を癒していけるのです。彼らのために生きる事は我々の義務です。彼らに教える事。彼らを導く事。彼らを助け、彼らを愛する事。彼らの夢を実現させるため、勇気を与えてあげましょう。我々は親として、友人として、身内として、彼らが良い夢を見られるように助けていきましょう。

新しい年を楽しみにしています。子供たちのために働き、より多くの子供たちを助けるための組織を作り上げていく事も楽しみです。僕は約束します。皆さんが協力してくれれば、皆さんの気分も良くなり、非常に楽しいものになるでしょう。メリー・クリスマス。皆さんを心から愛しています。ありがとうございました」。



12/19
マイケルのネバーランド・エンターテインメントでパートナーを務めるプロデューサー、ラジュ・パテルが制作した映画「Hanuman」の先行上映にあわせ、マイケルは来年2月もしくは3月にインドを訪問する予定。パテルによると「マイケルはインドが大好きで、この国を再び訪問する事に関心を示してくれました。この上映は良い機会になると思い提案してみたのです。彼もこの計画に興味を持ち、賛同してくれました」との事。マイケルも出演しているのでは、との噂も流れたがパテルは「Hanumanはフィルム・クラブ社による作品で、マイケルは上映会を公式訪問するだけ」と否定した。実現すれば、マイケルのインド訪問は1996年11月のムンバイ公演以来となる。

マイケルとパテルは今後2本の作品を共同制作する予定。ひとつは「Honey I Shrunk The Kids(邦題:ミクロキッズ)」のような特撮技術を駆使した「Tom Thumb」、もうひとつはアレクサンドル・デュマの小説「The Wolf Leader」を原作とした「Wolfed」。それぞれの作品の出演者は未定。



12/18
ビー・ジーズのバリー・ギブがビルボード誌に語ったところによると、現在マイケルと共に新しいプロジェクトのための新曲を制作中だという。バリーとマイケルは1985年にダイアナ・ロスのヒット曲「Eaten Alive」を共作しており、またマイケルがバリーの息子(マイケル・ギブ)の名付け親となるなど、親交が深い。



12/13
今年度のビルボード年間チャートが発表され、マイケルのアルバム「Invincible」は全米アルバムチャートでは43位、R&B・ヒップホップアルバムチャートでは8位、そしてR&B・ヒップホップシングルチャートでは米国内でラジオ向けにシングルカットされた「Butterflies」が12位と、ソニー・ミュージックによるプロモーション活動の放棄という事態を受けながらも、健闘を見せた。



12/9
ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナでビルボード・ミュージック・アウォード2002が開催され、マイケルはビルボード特別賞を受賞した。この賞は、史上最高の売上げ記録を誇るアルバム「Thriller」の発売20周年を記念するもの。マイケルは足のケガのため直前になって出席をキャンセルし、衛星中継での出演となった。

この模様はマイケルの自宅ネバーランド内の映画館から生中継された。クリス・タッカーが「37週に渡って1位の座を維持し、グラミー賞8部門を始めとする数々の賞を獲得し、7曲に及ぶトップ10ヒットを生み、ビルボード史上初めてブラックとポップ・チャートの両方で同時に1位となったアーティスト」と、「Thriller」の功績を称えた後、マイケルに賞を手渡した。マイケルは「どうもありがとう。非常に光栄で幸せな気分だ。僕の作品を評価してくれたみんなに感謝する。いつだって僕の憧れだったビルボード・アウォードにも。そして世界中のファンのみんな、愛してるよ。君たちがいなければ今の僕はあり得ない。神に感謝します。クリス・タッカー、君は僕のお気に入りだよ」とスピーチした(写真)。



12/5
この日、最終証言日を迎える予定だったマイケルだが、クモに噛まれた傷跡の診察を理由に裁判を欠席。代わって、長年に渡ってマイケルのセキュリティチーフを務めたウェイン・ネイギンが証言台に立った(写真)。昨年9月5日に引退したウェインはマイケルとの関係を「親しい友人だ。全てにおいて忠誠を誓っている。彼の人材起用法についても、もちろん従ってきた」。また、1999年10月にニューヨークで行われたコンサートについての会合にウェインも出席していたと語り、「あれは中止ではなく1年後まで延期という話だったはずだ」と証言した。



12/4
証言第5日目を迎えたマイケルは、この日も松葉杖姿で出廷(写真1)。証言台でマイケルは「契約など仕事の詳細に関してはマネージャーや代理人、会計士に一任し、自分は歌とダンスに専念している。物事を創造するのが僕の役目。これは神から授かった才能だ。似たような例えを出したくはないが、ウォルト・ディズニーも想像性豊かな人ではあったけれどもビジネスの手腕は無かった。お兄さんのロイが財政をやりくりしていたんだ。ウォルトも僕も、家庭的なエンターテインメントを生み出すのが大好きだ。このような才能に恵まれて感謝している」と語った(写真2)。



12/3
ミレニアムコンサートのキャンセルを巡る損害賠償訴訟のため、マイケルは約半月ぶりに出廷した(写真1)。松葉杖姿のマイケルは「クモに噛まれてしまった。傷口を見たらショックを受けるよ。こうして話している最中もひどく痛むんだ」と語った(写真2)。マイケルは自宅でタランチュラを飼っているが、噛んだのはごく普通のクモで、自宅を消毒中に噛まれたと言う。「タランチュラは好きだ。その辺にいる、小さなクモじゃなくてね」。

この日のマイケルは証言台で「スケジュールの管理などは僕の仕事ではない。僕はエンターテイナーだ。当時のひとつひとつの事柄を思い出すのは困難だ」と主張。休憩時間にはカメラに向かっておどけた仕草をしてみせた(写真3)。裁判所の外ではサインに応じるなどファンサービスも見せたが、先月19日にベルリンのホテルで子供を4階の窓越しにぶら下げた件について報道陣から質問が飛ぶと「僕の子供だよ?愛しているに決まってるだろう」と、不快感をあらわにした。



11/23
午前5時にマイケルはホテルを出発、テンペルホーフ空港へ向かい、ドイツを後にした。



11/22
マイケルはベルリンの絵画館を訪問。帰り際には待ち受けたファンたちに手を振り、サインにも応じた。その後、閉園後のベルリン動物園を訪問。



11/21
ベルリンのエストレル・コンヴェンション・センターで開催された第54回バンビ・アウォードにマイケルが出席(写真1)。会場に「What More Can I Give」のレコーディング風景を映したプロモーションビデオが流された後、マイケルは元テニス選手のボリス・ベッカーから、ポップ・アーティスト・オブ・ザ・ミレニアム賞を授与された(写真3)。

マイケルは前日に引き続き、眼鏡をかけてスピーチに臨んだ。「ドイツには良い思い出が沢山あります。ベルリンという、非常に活気にあふれた街に戻って来る事ができました。僕にとって大切な場所です。ベルリンを愛しています。9月11日を境に、世界は変わってしまいました。ベルリンの壁が崩壊してから間もないというのに、近年また新たな壁が築かれようとしています。1989年にドイツの人々は宣言しました。我々はひとつの国家である、と。我々はドイツ人であり、アルメニア人であり、フランス人であり、イタリア人であり、ロシア人であり、アメリカ人であり、アジア人であり、アフリカ人であり…その他多くの国民です。我々はキリスト教徒であり、ユダヤ教徒であり、イスラム教徒であり、ヒンズー教徒です。我々は黒人であり、白人です。我々は数多くの違いが複雑に絡み合った共同体であるにも関わらず、ひとつなのです。我々に戦争を起こす必要などありません。

それから、ドイツの子供たちに伝えておきたい事があります。世界は君たちを必要としているのです。夢を追いかけて下さい。なりたい自分になれるのです。宇宙飛行士でも、科学者でも、医師でも。もちろんアーティストでも…君たちもバンビ・アウォードを受賞できるでしょう、僕みたいにね(笑)。ドイツを心から愛しています」。終幕では多くのゲストがステージに上がり、「We Are The World」が演奏された(写真5=左は女優のハリー・ベリー)。



11/20
マイケルは、この夜開催されたチャリティーイベント、トリビュート・トゥ・バンビに出席(写真1)。今年1月9日の第29回アメリカン・ミュージック・アウォードで着用したジャケットをオークションに出品した(写真4)。このジャケットはドイツの作曲家、ラルフ・シーゲルが1万6千ユーロ(約200万円)で落札。収益金はドイツ国内のストリートチルドレン救済に充てられる。



11/19
午後1時頃、マイケルはベルリンに到着。宿泊先のホテル・アドロンには欧州各地から駆け付けた数百人のファンが集まり、マイケルを出迎えた。しかしマイケルが4階の窓の外に次男のプリンス・マイケル二世を差し出して見せたところ、マスコミから批判が相次ぎ、マイケルは「興奮してとんでもない事をしてしまった」と、反省のコメントを発表。



11/15
証言第3日目を迎えたマイケルは、午前9時の開廷予定時刻より約20分早く裁判所に到着(写真1)。この日、エイヴラム側の弁護士、ミラーから「エイヴラム氏を世界でもトップレベルのプロモーターと認めるか」との質問を受けたマイケルは「ツアー・プロモーターとしては、彼は素晴らしい仕事をしていると思うが、財政的な面において僕が彼を全面的に信頼しているかは疑問だ」と答えた。これに怒ったミラーが「では何故あなたはマルセル・エイヴラムを試してやろうなどと思ったのか」と反論するとマイケル側の弁護団からは激しい抗議の声が上がり、廷内が緊迫する場面も。しかしマイケルは「マルセル・エイヴラムを試そうとした、だって?」と、一言答えるにとどまった。

さらにマイケルは、エイヴラムがミレニアム・コンサートのアイデアを自分のものにしようとしたと主張。「彼があのアイデアを思い付ついたと誤解する事は可能だ。しかし、アイデアを思い付いたのは僕だ」。またマイケルは、エイヴラムに斬新なアイデアを盛り込んだコンサートを計画するよう働きかけたにも関わらず、エイヴラムは予算の都合上、二の足を踏んでいたと証言した。退廷後にマイケルは外で待っていた数百人のファンのために約15分間、サインに応じていた。



11/14
証言第2日目を迎えたマイケルは、予定よりも約4時間遅れの午後1時頃に裁判所へ到着(写真1)。証言台でマイケルは「僕は自分の財政的な事は全て把握しているが、僕の本業は芸術を生み出す事。音楽に集中して取り組めるよう、大部分のビジネスは周囲の者に任せてある。僕は夢想家なんだ」と語った(写真3)。「ダンスの練習をしたり、マジックを計画する事によりコンサートの準備をしていた」との主張に対して、エイヴラム側の弁護士、ルイス・ミラーが「マジックだって?」と問いかけると、マイケルは「そう、マジックだ。アブラカダブラのようなね」と答えて傍聴席を笑わせるなど、余裕を見せる一幕も。この日は前日よりも多い約200名のファンが裁判所の外に集まり、マイケルはファンとの記念撮影にも応じた(写真6)。



11/13
マイケルが、カリフォルニア州のサンタバーバラ郡上級裁判所に出廷し、証言台に立った(写真1)。この裁判は、1999年に開催が予定されていたミレニアム・コンサートのキャンセルを巡り、ドイツのコンサート・プロモーター、マルセル・エイヴラム(写真5)から契約不履行による2120万ドル(約25億円)の損害賠償を求められていたもの。マイケルは1999年初めに、4回のコンサートを行う契約をエイヴラムと交わし、同年6月にソウルとミュンヘンにて「マイケル・ジャクソン&フレンズ」と題した大規模なチャリティー・コンサートを開催。そして大晦日にはシドニーとホノルルでミレニアム・コンサートが予定されていたが、こちらは中止となっていた。

この日、証言第1日目を迎えたマイケルは、警察のオートバイに護衛されながら黒とシルバーのバンで裁判所に到着。外では「マイケルに自由を」などのプラカードを掲げた10代のファンを中心に約100人が待ち構え、約30人が抽選で傍聴席を当てた(写真6)。

マイケルは、コンサート中止を決定したのはエイヴラムだったと証言。「彼からキャンセルの旨の電話を受けた。あれは確かバスルームにいる時だった。僕はショウを楽しみにしていたから、少々腹が立ったのを覚えている。関係者たちにも、これは史上最も注目されたイベントとしてギネスブックに載るぞ、と話していたぐらいだ」。コンサートに向けてのリハーサルをしていなかったのでは、との質問に対しては「バスルームの鏡に向かってダンスの練習をしていた。ショウのアイデアを考えていたんだ」。マイケル側の弁護士、ジア・モダバーも「エイヴラム氏はマイケルに1500万ドルの報酬を支払うと約束していたが、これらのコンサートが予測していたほどの収益を見込めないとして、1999年10月にコンサートの延期を申し出ていた。彼はマイケルとの約束を果たせなかったのだ」と主張した。証言台で約3時間を過ごしたマイケルは、昼食のため退廷する際、傍聴席のファンに手を振り、Vサインを作ってみせた。

エイヴラムは、BadツアーからHIStoryツアーまでマイケルのワールド・ツアーのプロモーターを務めてきた人物だが、1993年にマイケルがDangerousツアーを中止した際には、2000万ドルの契約不履行訴訟を起こしている。



11/12
マイケルは、11月21日にベルリンのエストレル・コンヴェンション・センターで開催される第54回バンビ・アウォードに出席する模様。ドイツのアカデミー賞とも称されるこの賞は、映画・テレビ・音楽などの各分野で優れた功績を収めた人物を表彰するもの。



11/7
イタリアのラジオ局Radio Capitalが「What More Can I Give」をオンエアリストに追加。地元のファンサイトMichael Jackson Portalによる同曲の支援キャンペーンが実を結んだもの。



11/2
ミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領が主宰するワールド・アウォード2002の授賞式がウィーンのホーフブルク宮殿で行われ、マイケルは芸術部門であるワールド・アート・アウォードを受賞した(写真)。マイケルは授賞式直前になって出席を取りやめたため、代わりにビデオメッセージを送り「ゴルバチョフ氏によって選んでいただける事は大いなる名誉です。今年の授賞式の標語となっている「平和と寛容」は、私にとっても特に重要な意義を持っています。私の心は世界平和、愛、そして相互理解のため皆さんと共にあるのです」とコメント。授賞式の終幕には「Heal The World」が演奏された。



10/23
「Whatever Happens」や「What More Can I Give」にギターで参加したカルロス・サンタナが米VH1のインタビューに応え、自身の次回作でマイケルとプリンスを共演させたいと語った。「時代は変わった。プリンスも今やエホバの証人の信者だから、我々はみんな共通点があるわけだ。人々の心の琴線に触れる本物の歌を生み出すには、相手がマイケルかプリンスかカルロスか、なんて事は重要ではない」。



10/21
先週マイケルは、ツアー・プロモーターのマルセル・エイヴラムとロサンゼルスで会合。両者の話し合いは今年3度目。エイヴラムはBadからHIStoryまでの各ワールド・ツアーでプロモーターを務めた。



10/14
アルバム「Invincible」が、10月13日付のイギリスのアルバムチャートに84位で再エントリーを果たした。また、ベルギーのラジオ局Radio 2が午前6時から「What More Can I Give」を欧州で初めてオンエア。フランスのヒップホップ専門局ADO FMも同曲をリストに追加、多くの支持を得ているという。



10/12
マイケルがネバーランドにヴァンデンバーグ空軍基地の軍人やその家族200名以上を招待。マイケル本人は出席せず。



10/3
ニューヨークのラジオ局WKTU-FMで、先月27日午後6時からチャリティー・シングル「What More Can I Give」が流され、以来1日6回オンエアされている。マイケルの長年の友人でもある編成ディレクターのフランキー・ブルーは「どうやって手に入れたかは言わないよ。友達の友達の、そのまた友達から回ってきたという事にしようじゃないか」と、同曲の入手ルートは明らかにしていないが、今回の一件はマイケルとは無関係だと強調する。同曲の総合プロデューサーを務めたマーク・シャフェル曰く「少なくとも200枚が参加アーティストや関係者の手に渡っており、既にインターネットにも流出されている。暴走列車のようなもので、誰にも止められないだろう。でも9月11日の犠牲者や子供達のために寄付金を募るという、元々の目的とは関係なく世の中に流出しているのは、嫌な気分だね」。

WKTU-FMと姉妹局であるWJTM-FMは昨年8月、どこよりも早く「You Rock My World」をオンエアしたが、直後にソニー・ミューッジック側より放送を中止するよう要請された。今月2日の時点で、ブルーは同曲を所有するとされている東京の会社ミュージック・ファイターズ、ソニー・ミュージック、シャフェル、そしてマイケル本人の誰からも連絡を受けていない。シャフェルは「私自身の会社がマイケルとの契約により曲の権利を所有しており、ミュージック・ファイターズとの契約は最後まで結ばれなかった。実際誰が権利を所有しているのか、誰も分かっていないのではないか」と言う。

WKTU-FMには、曲をオンエアしてくれた事への感謝や、どこで入手できるのかを尋ねる、数え切れないほどの電話や200通にも及ぶメールが毎日のようにリスナーから届いている。「信じられないほど圧倒的な支持を得ている。この曲は世界への贈り物だよ。マイケルをはじめとするアーティストたちはこの曲のために時間を捧げたのだから、みんなに聴いてもらうべきだ。"What More Can I Give"という名のこの曲で、僕は世界にみんながすがりつける歌を与える事ができる。それを聴いたみんなが何を与えられるかという事を考えてくれるといいね」と、ブルーは語る。

「What More Can I Give」が何故お蔵入りしていたかは、人によって答えが違う。一部ではシャフェルがポルノ映画を撮っていたという過去が暴かれたためと言われているが、シャフェル自身は本当の理由として、アルバム「Invincible」が、この曲の陰に埋もれてしまう事をソニーが恐れたためとしている。「今回のオンエアが誰かの背中を押して、この曲が世の中に出されるかも知れない。今こそがその時だからね。さもなければ拡散すればするほど本来の目的が失われ、寄付金を募ることは不可能になってしまうだろう」。

同曲は昨年9月11日のテロ事件を受けてレコーディングされたものだが、ブルーは今日でも意味があると信じている。「これは一大音楽イベントであり、第2のWe Are The Worldだ。このレコードは決して無駄にされるべきではない。9月11日の後、我々は怒っていた。そして2年目の9月11日の後、我々は団結していた。人々は今こそこのような曲を必要としている。We Are The Worldは発売後何年にも渡って人気を維持していて、9月11日以降もそれは続いていたんだ」。



9/30
マイケルは、12月10日に米ケーブルテレビ局HBOで1回限りのコンサートを計画している模様だが、現時点では実現の可否など詳細は不明。また一部では、CBSの特別番組用に小規模なアリーナ・ツアーを予定しているとも伝えられており、ドイツの大手電池メーカー、ファルタは来年度のコンサートのバックステージ・パスのプレゼントを開始している。



9/23
アルバム「Bad」が、9月22日付のイギリスのアルバムチャートに56位で再エントリーを果たした。



9/17
先日行われたドイツの洪水被災者救援チャリティー・オークションで、マイケルが出品したアイテムは合計で3935ユーロ(約47万円)の収益金を集めた。中でも最高値を付けたのは「Thriller」のスペシャル・エディションで、450ユーロ(約5万4千円)。



9/15
イギリスのMTVベース(ブラックミュージック専門チャンネル)で「Butterflies」がオンエアされた。内容は、マイケルの過去のショートフィルムの各場面をつなぎ合わせたもの。



9/8
マイケルは、先月ドイツを襲った洪水被災者の救済のため、サイン入りCDなどをオークションに出品した。先月26日、ラスベガスに滞在していたマイケルは地元のヴァージン・メガストアで自分のCDやDVDなど計14点を購入、これらと綿のナプキン2枚の合計16品目にサインを書き入れた(写真)。ドイツ国内でも、今年度のサッカーW杯ドイツ代表チームや、F1レーサーのミハエル・シューマッハらが被災者に対する多額の寄付を申し出ている。



9/7
マイケルはミラージュ・ホテルでジークフリート&ロイのショウを観賞。



9/5
マイケルはミラージュ・ホテルでダニー・ガンズのものまねショウを観賞。



9/1
ラスベガスに長期滞在中のマイケルは、ミラージュ・ホテルでジークフリート&ロイのショウを観賞。



8/29
この日44回目の誕生日を迎えたマイケルは、ニューヨークのラジオ・シティ・ミュージック・ホールで開催されたMTVビデオ・ミュージック・アウォード2002に、昨年に引き続き出席。ブリトニー・スピアーズから、アーティスト・オブ・ザ・ミレニアム賞を授与された。マイケルは「インディアナ州にいた子供の頃に、僕がミレニアム賞を受け取るようなミュージシャンになるだなんて言われたとしても、僕は信じなかっただろう。これは本当に凄いよ、信じられないくらいに」とコメントした(写真1)。



8/9
子供達と共にラスベガス訪問中のマイケルは、ミラージュ・ホテルでジークフリート&ロイのショウを観賞。楽屋では次男のブランケット(プリンス・マイケル二世)を披露した。その他にもヴァージンレコードやナイキタウン、チーズケーキファクトリーなどにも姿を見せた。



7/25
アメリカ・オンライン・ミュージックとトノス・エンターテインメントが開催した「マイケル・ジャクソン・ソングライティング・コンテスト」(4月28日のニュース参照)の優勝者に、テネシー州ナッシュヴィル在住のリック・キップの歌詞が選ばれた。



7/18
マイケルは、ソニー・ミュージックを契約不履行で提訴する事を検討中。マイケルの弁護士、マーティー・シンガーは「ソニーはマイケルに対して、実際よりも低い収益を通告するなど、(経営破たんした米エネルギー大手の)エンロン社に類似した会計上の問題がある。今回の訴えは、数億ドル相当に上る可能性もある」と語った。この件に関してソニー側はコメントを避けた。

テレビ界のアカデミー賞と呼ばれる、第54回エミー賞の候補番組が発表され、マイケルのソロ活動30周年記念コンサート(CBS)がノミネートされた。他の候補番組は、第74回アカデミー賞授賞式(ABC)、ソルトレーク冬季五輪開会式(NBC)、マドンナのドラウンド・ワールド・ツアー(HBO)など。授賞式の模様は9月22日、ロサンゼルスのシュライン・オーディトリアムから、NBCで生中継される。



7/9
ニューヨークのハーレムにあるアル・シャープトン師の事務所で行われたアーティスト・サミットに、マイケルが出席(写真1)。このサミットは音楽業界内におけるアーティストの公正な契約と、人種差別の撤廃を宣言するために開催されたもの。シャープトン師は「レコード会社は黒人社会に資金を還元せず、プロモーションや宣伝、マーケティングで黒人の人員を雇っていない。レコード会社がアーティストにいくら金をかけているのかを知るだけではなく、その使途や、いつどこでどのように使われたかも把握するべきだ」と主張。

この席上でマイケルは「音楽業界は腐敗している。そこには陰謀が存在しており、黒人アーティストの出世は阻止され、音楽やダンスはことごとく盗まれてしまう。マスコミは真実をねじまげようとしている。彼らは嘘つきだ。歴史の教科書も嘘をついてる事に気づかなければならない。知っておくべき事は、全てのポピュラー音楽、ジャズからロック、ヒップホップにダンス、さらにジルバからチャールストンまで、全ては黒人社会から生まれたんだ。しかし本屋に置かれている書籍の表紙に黒人が登場する事はない。エルヴィス・プレスリーやローリング・ストーンズは表紙を飾っているのに。本当の先駆者たちは何処へ?」と語った。

マイケルは、大きく取り上げられるべき先駆者のひとりとして、プレスリーの大ヒット曲「Don't Be Cruel」や「All Shook Up」など数々の名曲を作ったオーティス・ブラックウェルの名を挙げ、「彼は一文無しで亡くなってしまった。それを許した音楽システムに対して不条理を感じる。僕が知る限り、彼について書かれた本は1冊もない。世界中を探しているけど見つからない。彼は偉大なるソングライターだった」。

また、マイケルは「僕がエルヴィスやビートルズの記録を破り始めた途端に、変人・同性愛者・児童性的虐待者などと呼ばれるようになった。肌を漂白しているとも言われた。僕が大衆の敵となるよう、あらゆる手段を使ってきた。これは陰謀だ」と、音楽業界やマスコミの姿勢を糾弾。「何かアクションを起こそう。忘れないでほしいのは、肌の色に関係なく皆が兄弟だという事だ」。



7/6
マイケルが、音楽業界における黒人アーティストの処遇を糾弾した。ニューヨークのハーレムを拠点とする黒人指導者、アル・シャープトン師の事務所で行われた集会で述べたもの(写真1)。マイケルは350人あまりの聴衆を前に「レコード会社がアーティストに対して陰謀を企てるケースは実際にある。彼らは略奪、詐欺、ありとあらゆる事をする。相手が黒人アーティストの場合はそれが特に顕著だ。この不公平に歯止めをかけなければならない」と主張。

マライア・キャリー、ジェームス・ブラウン、故サミー・デイヴィス・ジュニアら黒人アーティストの名を挙げ、「ミュージシャンは、レコード会社から搾取され、操られている。私のために闘う事は、故人・存命に関わらず黒人全員のための闘争になる」と訴えた。また、マイケルは「What More Can I Give」をリリースするよう、ソニー・ミュージックに要請。アルバム「Invincible」のプロモーション活動が不十分だった事や、ソニー・ミュージックのトミー・モトーラ会長については「彼は悪魔のような人種差別主義者。所属アーティストをニガー(黒人に対する蔑称)呼ばわりしている」と、ソニーに対する批判も展開した。

昼過ぎからはマディソン・アベニューのソニー・プラザ前で、およそ150人のファンによるデモ行進が開催され、ロンドンの時と同様マイケルは二階建てバスに乗って現れた(写真3)。そして午後6時よりウェブスター・ホールにて開催されたMJFC主催のファンイベント「30 Years Of Magic」にも出席(写真5)。さらにマイケルはFOXニュースのインタビューにも応え、「僕は最近、とある人物に5億ドル(約600億円)の小切手を渡したばかりだ。良いニュースは売り物にならないもんだから、マスコミはこういう話は報道してくれないね」と、借金による破産の噂を一蹴した。



7/3
マイケルが、サッカーのイングランド3部リーグに所属するエクセター・シティの名誉理事に就任。同クラブの共同会長を務めるユリ・ゲラーによると、マイケルは今年6月のチャリティー・イベントで訪れたエクセターを気に入り、名誉理事就任の運びとなった。マイケルには名誉理事として理事会で選手に関する決定に加わる権利や、自由に試合を観戦できる権利、アウェーの試合に同行できる権利などが与えられた。



7/2
マイケルとソニー・ミュージックによって1995年に設立された合弁会社ソニーATV音楽出版が、米カントリー界で最大級の音楽出版社エイカフ・ローズを1億5700万ドル(約188億円)で買収する事になった。エイカフの親会社ゲイロード・エンターテインメントが発表した。エイカフはカントリー歌手ロイ・エイカフと作曲家のフレッド・ローズが1942年に創設。ロイ・オービソンの「Oh Pretty Woman」や、パティ・ペイジの「Tennessee Waltz」をはじめとする約5万5千曲の著作権を所有している。ソニーATVは既にビートルズ、マイルス・デイヴィス、エルヴィス・プレスリーらの曲を含め約25万曲の著作権を所有または管理している。



7/1
ソニー・ミュージックによって発売が見送られているチャリティー・シングル「What More Can I Give」の総合プロデューサー、マーク・シャフェルによると「ソニー・ミュージックは、このプロジェクトによる収益を必要としている、多くの人々を苦しめている。これは企業の強欲が招いた最も許しがたい行為。ソニーは自らを恥じるべきである。我々は今までにないほどの支援を必要としている。これに関わる全てのアーティストのファンたちが共に立ち上がるべきだ。ソニーは時間の経過と共に人々がこの問題を忘れてしまう事を望んでいるようだが、今一度自分たちの行為を考え直す必要がある」。ソニー・ミュージックのトミー・モトーラ会長は今もって同曲のリリースを許可しておらず、他社からのリリースも認めていない。

参加アーティスト一覧:
What More Can I Give (English version) produced by Michael Jackson
マイケル・ジャクソン、セリーヌ・ディオン、ビリー・ギルマン、リーバ・マッキンタイヤ、アッシャー、マライア・キャリー、リッキー・マーティン、ビヨンセ・ノウルズ(デスティニーズ・チャイルド)、マイヤ、グロリア・エステファン、ルーサー・ヴァンドロス、ニック・カーター(バックストリート・ボーイズ)、アーロン・カーター、イン・シンク、タリア、アナスタシア、ショーン・ストックマン(ボーイズUメン)、マイケル・マッケリー(ボーイズUメン)、ジギー・マーリー、トム・ペティ、3LW、ブライアン・マックナイト、カルロス・サンタナ、ジョン・セカダ、シャキーラ、ブライトン、ハンソン

Todo Para Ti (Spanish version) produced by K.C. Porter
マイケル・ジャクソン、セリーヌ・ディオン、マライア・キャリー、リッキー・マーティン、マイヤ、グロリア・エステファン、ルーサー・ヴァンドロス、イン・シンク、タリア、アナスタシア、ブライアン・マックナイト、カルロス・サンタナ、アレハンドロ・サンス、クリスチャン・カストロ、ジョン・セカダ、フリオ・イグレシアス、ジャン・ガブリエル、ルイス・ミゲル、シャキーラ、ルベン・ブラデス、ラウラ・パウジーニ、ジョイ・エンリケス、オルガ・タニョン



2002年・上半期のニュース

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