Travis Payne
トラヴィス・ペイン(ダンサー/振付師)


Michael and Travis

ダンサー/振付師、トラヴィス・ペイン。1971年7月5日生まれ。ショートフィルム「Remember The Time」への出演以降、マイケルとはワールドツアーや数々のアウォードで共演を果たし、This Is Itツアーではマイケルの右腕となってショーを創り上げてきた。2009年10〜11月にかけての、トラヴィスのインタビューをここに紹介。


−では、最初の質問はあなたについてお伺いします。芸術としてのダンスを好きになったのはいつですか?ダンスの持つパワーに魅せられたきっかけは?

Travis 幼い頃、僕はよく動き回る子供だった。両親がかけてくれる音楽に合わせて体を動かしていた。5歳の時、初めてマイケル・ジャクソンを見た。彼のダンスと音楽に、即座に魅了されたよ。9歳で正式にダンスのトレーニングを始めるまでに、マイケルと兄弟の音楽をとにかくよく聴いた。僕自身はバレエ、ジャズ、タップ、モダン、器械体操を学んだよ。

−あなたとマイケルの関係はどのようにして始まったのですか?

Travis 中高生の頃は毎朝学校へ行く前、朝食のシリアルを食べながらマイケルやジャネットのショートフィルムを観てたものだよ。彼ら両方と一緒にステージに立つ自分自身の姿をイメージしてた。それを何年も続けてたんだ。

Badツアーと、Rhythm Nationツアーは何度も観に行った。すべてのステップを覚えてたよ。僕がRhythm Nationツアーの振付を踊っているビデオを、友人と一緒にジャネットに送ったんだ。約1週間後、僕はジャネットに会うため日本へ呼ばれ、ツアーに参加する事になった。

19歳でジャネットのツアーに同行した後、マイケルの「Remember The Time」のオーディションを受けた。これがマイケルとの初めての仕事だった。まさに夢が叶ったんだ。その後、Dangerousツアーにはダンサーとして参加した。それから僕はマイケルの振付のパートナーとなった。93年のアメリカン・ミュージック・アウォード、95年のMTVビデオ・ミュージック・アウォードもやった。その次はショートフィルム「Ghosts」と、HIStoryツアー。This Is Itツアーでは振付と共同ディレクター、そして映画の共同プロデューサーを務めた。

−マイケルとの関係は純粋に仕事だけだったのですか?それとも、友情も存在したのですか?

Travis 最初は芸術面のみの関係だった。それが何年も経って、特別な友情に変わったよ。マイケルが僕を信頼してくれるようになったんだ。初めの頃はあまり言葉を交わさなかったけど、それも変化した。This Is Itの間、マイケル、ケニー(・オルテガ)、そして僕は可能な限り最高のショーを創り上げていたんだ。

−マイケルが亡くなってから、どのような気分でしたか?

Travis 呆然として、精神的に疲れ果ててしまった。彼から「新しいアイデアが浮かんだ」という電話がもう来ないだなんて、いまだに信じられない。あの電話が懐かしい。

−過去の例からも分かるように、マイケルは本物の完璧主義者でした。This Is Itツアーのリハーサル中の雰囲気は、どのようなものでしたか?

Travis 張り詰めた雰囲気ではあったけど、愛情にあふれていたよ。僕らには、日々成長し続けるという大きな責任があった。マイケルには、ファンや世界中の人々にとって史上最高のショーを創りたいとの明確な目標があった。そこにあったのは緊張感ではなく、何かを生み出そうという意識と、マイケルのヴィジョンを実現させようというエネルギーだったよ。

−出会った頃と最近のマイケルとの間に、何か変化はありましたか?

Travis マイケルは芸術面も地球に対する責任感も、熟成させていたね。彼が支持するものはすべて、愛と平和、善意や喜びに基づいていたんだ。彼はファン、我々の地球、家族を愛していた。彼はいつだって、この理念を音楽やアートを通じて世界に発信していた。でも世間はあまり耳を貸そうとはしなかった。

地球に対する我々1人1人の、そして集団の責任を認識させるためにも、マイケルはステージへ復帰せねばならなかった。今回のメッセージに関して、彼は今まで以上に情熱を傾けていたよ。彼はよく「もう、その時だよ!この混乱を何とかしなければ!」と言っていた。現存するあらゆる環境問題や貧困問題が、人々が知る以上にマイケルを突き動かしていたんだ。

−This Is Itツアーは史上最高のショーになるはずでした。マイケルの過去のコンサートとの大きな違いは何でしょう?

Travis マイケルは今や3児の父。子供たちは、パパがファンのためのパフォーマンスを愛してやまなかった事を、充分理解できる年齢になった。マイケルはツアーをやるにも、充分若々しかった。

−マイケルは本当に50公演をこなす準備ができていたのですか?

Travis 間違いなくできていたよ。ロンドンでの50公演は9ヶ月におよぶ予定だった。マイケルは週に平均2〜3公演をこなそうとしていた。

−選ばれたダンサーたちは、やる気に満ちあふれ、雇われた事を非常に喜んでましたね。彼らはマイケルの訃報に対してどのような反応を?

Travis 全員が打ちひしがれていた。僕らは離れられなかった。マイケルが亡くなって以降、別の場所で何度も集まっては、互いを支え合っていたんだ。

−ドーム・プロジェクト(ツアーで使用する3D映像の撮影)はどうなりました?マイケルが過去10年間に書いていた、数々の未完成の曲は?これらはいつか日の目を見るのでしょうか?

Travis ドーム・プロジェクトは、This Is It制作中のコードネームだよ。マイケルの曲も世界中で聴いてもらえるといいな。特に、彼が亡くなる前に教えてくれた新しいアイデアも。

−あなたは、マイケル、マドンナ、ジャネットを始めとする数々の大物と仕事をしてきました。将来、ポップ・ミュージック界にこの手の新たな大物は現れると思いますか?それとも、このような時代は終わりを告げようとしているのでしょうか?

Travis 僕は、不可能な事は何もないと思っている。新たなマイケル・ジャクソンが現れないであろう事は、充分承知してるけどね。彼は神からの贈り物で、唯一無二の存在だった。

−これからの世代は何を楽しみにしていけば良いのでしょう?

Travis これからの世代は、頑張って楽しみを見つける事だ。頑張れば栄光は訪れる。マイケルは、あらゆるエンターテインメント、チャリティー活動、愛される人間としての基準を飛躍的に高めた。人と関わる際には、彼の精神を忘れないようにしたいね。互いの愛情を深めるのは、決して難しくはないはずだ。人々は、二次元の仮想世界で暴力行為も覚えてしまう。だけど、三次元の現実世界こそが本当の世界なんだ。

−世界中で多くのファンが、マイケルは今も生きていて、彼の訃報もでっち上げだと信じています。この議論を取り巻くミステリーに対し、どのような言葉を?

Travis その噂は聞いてるけど、信じないでくれ。マイケルは決して、子供たち、家族、ファンをそのようなデマで騙したりはしない。彼のスタイルじゃないよ。彼だったら、そんなのは自分勝手だと思うだろう。彼を愛してくれた多くの人を傷つけるんだからね。彼はステージに戻ってベストを尽くす準備ができていた。世界を変えるために。

−あなたが仕事を共にしてきた他のどのアーティストよりも、マイケルは協力的だとおっしゃってましたね。彼はどのようにして周囲と関わっていたのですか?

Travis 他のアーティスト相手ではできないような方法で、やり取りしてたよ。彼はとにかく要求が激しかったから、普通のやり方では難しかった。彼はいくつかのステップだけで満足しようとはしなかった。物事にはすべて置かれた状況があり、それぞれ意味があった。

僕にとってはありがたいチャレンジだったよ。だって、これは間違いなくアーティストとしての能力を伸ばし、成長させてくれる上に、胸を張って彼にアイデアを提供できるし、それに手を加える事もできるし、前進し続ける事もできるから。ただ給料をもらっていくつかステップを作るだけなのとは対照的に、これこそ本当のコラボレーションだ。

−This Is Itツアーを始めるにあたり、彼の体力が持つかどうか心配になったりはしませんでしたか?

Travis いや、全然。マイケルが毎日踊っていたのを知ってたからね。沢山の観客の前でなくとも、毎日歌ってもいた。彼は常に何かを創り上げていた。アーティストにとっての燃料みたいなものだ。今まさに、彼は新しいアイデアを世界と共有する準備が整っていた。それこそが彼の習性だったんだよ。いつだって新しいサウンドを探し求め、新しいアイデアを試していた。僕らが作業に戻る頃には、もう彼は全体的なアイデアを用意していたよ。

Travis and TII Dancers

−若いダンサーたちにはどのような影響がありましたか?彼らはどうやってマイケルに追い付いていったのでしょう?

Travis 世界各地から選び抜いたダンサーたちは皆、マイケルファンだった。彼らがダンサーを目指した理由からして、みんなマイケルの生徒なんだよ。誰が一番高くキックできるか、誰が一番多くターンできるかではなく、要はフィーリング。僕らは彼のために、パフォーマーのファミリーのようなものを作り、彼をサポートする仲間を作っていたんだ。素晴らしい光景だったよ、彼らもこういった経験を求めていたからね。

マイケルもダンサーたちから影響を受けていた。彼をリハーサル会場の裏口からそっと入れて、すると裏側から会場を見渡せるから、ダンサー1人1人の個性をつかんでもらえたし、互いにどのように関わり合っているかも見てもらえた。彼らの才能を見るだけではなく、人選の際にも大いに役立ったよ。

−彼は優しい性格の持ち主でしたが、厳しいボスでもあったのですか?

Travis あぁ、そうだね、彼は厳しいボスだよ。でも彼がボス気取りしてるところは見た事がない。僕はいつも彼を師匠として見ていた。師匠には自分を誇りに思ってもらいたい。自分自身の行動は尊重してもらいたい。そして彼も同じように感じていた。彼は誰にも干渉したり、命令したりはしなかった。むしろ彼は、自分の目標に向けた明確なヴィジョンを持っていたよ。

−本当のマイケル・ジャクソンを知ってもらうために最適なものは何ですか?一般に知られている人格と最も異なる点は何でしょう?

Travis 世間の人々には、マイケル・ジャクソンは感情を持った人間だった点に気づいてもらいたい。彼は博愛主義者で、家族を、ファンを、子供たちを、そしてまだ会った事すらない世界各地の人々をも、とにかく気づかっていた。地球上のあらゆる状況に、もの凄く敏感だった。

彼は大声で意見を述べたり応戦するような人ではなく、むしろ平和的だった。障害も愛で乗り越えようとした。彼に関するウソを並べ立てる連中の悪口を言うよりかは、彼らのために祈りを捧げた。「彼らにはもっと愛が必要なんだ」と言ってたよ。マザー・テレサ、ガンジー、マーティン・ルーサー・キングなど彼が尊敬していた人物は皆、平和的な人々だったし、平和的である事によって多くを成し遂げていたんだ。

人々から誤解される事は好まなかったけど、彼はそれでも良しとした。間違った情報のすべてにいちいち対応などしていられないだろ?それよりも彼はアートを通して、人々にもっと愛を深める方法を提示していたんだ。彼は、皆がより良い方向へ向かってくれるよう願っていたんだよ。

−この未完成のリハーサル映像を、自分たちだけの中に留めておきたいと思った事はありましたか?

Travis いや、マイケルが亡くなったのを聞いて、皆がしばらく押し黙った後、僕が最初に言ったのは「ケニー、僕らの仕事に新たな目標を設定しなければいけないと思う。彼も、これらのメッセージを発信したいはずだ」。

我々人類がどこから来たのか、まだまだやらねばならない事がどれほどあるのかを、皆に理解してもらうのが彼にとって重要だったんだ。あと少しのところで、彼の大切なメッセージが伝わらないだなんて、これは更なる悲劇になるところだった。もしかすると、もっと多くの観客に、何が起こっていたのかを知ってもらえるかも知れない。マイケルと共に始まった旅をゴールさせるのは、僕にとって当然の成り行きだった。何故なら、それこそ彼が望んだ事だからね。

−あなた自身、ゴールできたと感じていますか?

Travis この映画は、まだ終わらない仕事の序章のように感じているよ。映画が公開されれば、人々も実際に情報を吸収できるし、彼がどこへ向かい、何を知ってもらいたかったかも分かるだろう。人類に、地球に対する責任を持てという彼の叫びも伝わるといいな。まだやるべき事は沢山あるけど、この映画がすぐに影響を及ぼしてくれると信じてるよ。


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