Charles "Chucky" Klapow
チャールズ・"チャッキー"・クレイパウ(ダンサー/振付師)


Chucky This Is Itツアーのダンサーに選ばれた12人のうちの1人、チャールズ・"チャッキー"・クレイパウ(29)が、2009年10月25日付フィリピン・デイリー・インクワイアラー紙のインタビューに応じた。アメリカ人の父とフィリピン人の母を持つチャッキーは、12歳の頃から数々のステージや映画、プロモーションビデオにダンサーとして出演。This Is Itツアーのクリエイター兼監督を務めたケニー・オルテガの下では、「ハイスクール・ミュージカル」シリーズの振付師として活躍してきた経歴も持つ。


−どのようにして、マイケルからThis Is Itツアーのダンサーに選ばれたのですか?

Chucky 自分の名前が呼ばれた時は信じられなかった…オーディションは本当に厳しくて、競争率も凄まじかったからね。男性ダンサーは、まず250人から150人にまで絞られた。2日後に再度呼ばれて、マイケルも見守る中、1日がかりのオーディション。彼がダンサーとして求める人材をピックアップしていた。あの時ほどハードに、夢中で踊った事などなかったと思うよ。マイケルの大ファンとして、ツアーダンサーの座がとにかく欲しかったんだ。

−お母さんはあなたの合格の一報を聞いてどのような反応を?

Chucky 母さんは僕よりも緊張してたよ!妹もオーディションを受けたんだけど、自分の事よりも僕の事で緊張していた。もし僕がマイケルとパフォーマンスするチャンスを得る事になったら、それが僕にとってどれだけ重要な意味を持つか、うちの家族はみんな知ってるから。母さんはいつものように、僕をもの凄く誇りに思ってくれたよ。

−初めてマイケルの音楽を聴いた頃の思い出は?

Chucky 母さんがレコードプレーヤーで「Thriller」のアルバムをかけてくれた頃、僕は3歳だった。「Wanna Be Startin' Somethin'」の歌詞が好きで、母さんに「ママセ、ママサ、ママクーサ」と何度も繰り返し歌ってもらったものだよ。

−彼のライヴはいつ観ました?彼と初めて個人的に会ったのは?

Chucky 2001年のマディソン・スクエア・ガーデンが、僕が初めて生で観た彼のパフォーマンス。彼の兄弟も参加した30周年記念コンサートで、あの晩は刺激的だった!彼と個人的に会ったのは、ラスベガスの「ハイスクール・ミュージカル・ザ・コンサート・ツアー」へ彼が子供たちを連れてきた時。あれは2007年の1月だったな。開演前に舞台裏で会って、ショーの間中、観客席にいる彼を見てたよ。

−ダンサーとして、振付師として、マイケルはどれほどあなたに影響を?

Chucky 影響大だよ!パフォーマーとして、振付師として、僕がやる事なす事ほとんどすべてがマイケルから影響を受けている。僕のあらゆる動きの中に、ほんの少しマイケルっぽさが見て取れると思う。

−友人であり、良き師でもあるケニー・オルテガから映画「フットルース」のリメイク版の振付を依頼されていましたよね。しかしあなたはそれを断って、マイケルと踊るチャンスに賭けました。

Chucky チェイス・クロフォードが主役に抜擢された時の「フットルース」の俳優オーディションを、僕も手伝っていた。長編映画の振付を担当するチャンスに恵まれてワクワクしていたんだけど、マイケルがツアーに復帰すると聞いたら、人生最大のチャンスとばかりにそっちのオーディションで頭がいっぱいになってしまって…

Chucky and Michael −マイケルとのリハーサルはどのようなものでしたか?

Chucky リハーサルは本当に夢のようだった。まるで彼のショーの最前列にいるような感じで、しかもそれを週に6日も観られるんだからね!凄く緊張したよ。誰だってマイケルが見ている前で失敗はしたくないからね。僕らはマイケルにとって史上最高のコンサートになるよう、手助けをしたかったんだ。

−リハーサルが進むにつれ、彼に驚かされた事は?

Chucky 僕が一番驚いたのは、彼のヴォーカルだったよ。彼の声の調子は素晴らしく、HIStoryツアーの頃よりも良くなっていた。動きも良かったしね。新しいダンスのレパートリーにも、本当に驚かされたよ。

−彼を偲ぶ上で、リハーサル中、最も思い出深かった瞬間は?

Chucky 彼の匂いは忘れないね。彼は大量にコロンを着けていたから、彼の姿を見ずとも部屋に入ってきたのが分かるんだ。うっとりするような匂いで、ああいうのは彼ならではだね。マイケルが突然みんなに語りかけた事もあった。「みんな、素晴らしい冒険をありがとう」。特に「冒険」という言葉を強調していたよ。これらをゆっくり語ったんだ。彼が、僕らみんなにどれほど感謝しているかを分かってもらうべく、改めて伝えたかったんじゃないかな。

−リハーサルではどの曲が好きでしたか?あなたにとって一番のマイケルの曲は?

Chucky 僕のお気に入りは間違いなく「Beat It」。おかしな事に、僕が子供の頃、この曲は早送りして飛ばしてたんだ。だって、この曲のパフォーマンスが退屈に思えたからさ。でも、ダンサーとして彼のツアーに参加してみたら、何故彼が「Beat It」をあんな風にやるのかが、とうとう分かったんだ…曲がどうこうって問題じゃない。曲の最後で見せるあのエネルギーだ。ステージ上で今まで感じたものとは、まるで違う。ユーチューブで、Dangerousツアーの「Beat It」が観られるよね。僕が言いたいのは、曲の最後の部分の、あの即興的なエネルギーの事だ。

−マイケルはあなたが振付師だという事も知ってたのですか?

Chucky ケニー(・オルテガ)からオーディションの最中に聞いたんだけど、マイケルには僕が何者か、振付師としてどんな仕事をしてきたかは、一切教えなかったってさ。後になってマイケルが知らされたかどうかはともかく、僕は完全にThis Is Itツアーのダンサーに徹した。ある意味、僕は兵士。仕事を引き受けたからには、出過ぎたマネはしない、とね。

−ダンサーとして、振付師として、完璧なエンターテイナーだったマイケルから何を学びましたか?

Chucky リハーサル中、マイケルを観察し、仕事を共にして、僕は自ら学んだ事以上のものを得たよ。長い事、彼のファンとしてあらゆるものを学んできたから、彼と共演するチャンスを得る頃には、彼から盗み取るものはそれほど多くはなかったんだ。でも、彼の細部へのこだわりや完璧を求めて努力する姿勢には、畏敬の念を抱いたよ。

−彼との最後のリハーサルで、最もよく覚えている瞬間は?

Chucky 僕らがマスクを着けて「Thriller」の衣装に身を包み、彼と共にステージに立つ場面こそが、彼の最後の夜だった。あれから12時間もしないうちに亡くなったんだよ。考えるのも辛いよ。彼は「Thriller」の照明、衣装、スモーク効果、セットに囲まれて凄く喜んでたのに。あの晩、ステイプルズ・センターを後にする時の彼は、本当に元気だった。

−悲報を聞いた時、あなたはどこにいたんですか?まず何を考えましたか?

Chucky あの悲劇の一報を聞いた時、僕らはステイプルズ・センターのステージでリハーサルをしていた。何を思ったかなんて覚えてないよ。気がついた時には、ムカつき、怒り、混乱し、途方に暮れていた。みんな泣いてたよ。

−マイケルが本当にいなくなったと、いつ実感しましたか?

Chucky いまだに実感が湧かないし、いつそうなるかも分からない。

−マイケルの逝去で世界を覆った悲しみは前代未聞の規模でした。

Chucky 本当にそう感じるよ。彼が亡くなってから1ヶ月半の間、僕は眠れなかった。毎晩のようにマイケル関連の夢を見ては、夜中に5回も6回も目が覚めてしまう。マイケル、リハーサル、ダンサー仲間、ネバーランドなどの夢を見ない日はなかった。自分がこんな状態になってしまうなんて、本当にショックだったよ。ようやく収まったから良かったけどね。

−あなたが見聞きした中で、最も心に残った追悼の言葉は?

Chucky 奇妙に聞こえるかも知れないけど、最も感動したのはマイケルが亡くなって間もなく、メディアがとうとうこの悲劇の天才に関して良い事を語り始めた点だね。彼は生きている間、リポーターたちが伝え続けた馬鹿げた言いがかりに付きまとわれたんだから。

Will You Be There −マイケルの追悼式で、ジェニファー・ハドソン、そして11人のダンサーで「Will You Be There」をパフォーマンスするのは、あなたにとって辛い経験だったと思います。数日前、同じ場所で、同じ曲をマイケルと共にリハーサルしていたんですよね。

Chucky まさに悪夢だった。あの追悼式では彼の人生を祝福するはずだったんだけど、僕にとっては決して覚めない悪夢そのものだった。パフォーマンスの終盤、僕らはステージに立ち尽くし、マイケルの声を聴いて、お辞儀をしなければならなかった。彼の家族や友人たちのために、僕はできるだけ涙をこらえ、心を強く保ち、前向きな気持ちでいようとした。だけどステージを降りた瞬間、僕はその場から走り去った。涙があふれてきてしまったから…

−埋葬には立ち会ったのですか?

Chucky 埋葬には僕も参列したよ。ダンサーたちは皆、案内役として参加したんだ。大霊廟の中で僕らは彼の棺に歩み寄り、マイケルと最後のひと時を過ごした。

−あのような悲劇さえ起こらなければ、ロンドン公演はどうなっていたと思います?

Chucky 彼の最高のコンサートになっていたはずだよ。僕は大ファンだから、彼の今までのツアーの模様は隅々まで覚えてる。僕らのショーは世界中を回れると本当に信じていたよ。タイミングさえ良ければフィリピン行きも提案して、「スリラー・イン・マニラ2010」って名付けられたのにね!

−ほとんどの人が知らないマイケルの一面を教えてくれますか?

Chucky 映画「This Is It」は、マイケルが本当はどんな人物だったかを垣間見せてくれると思うよ。マイケルの低い声も聴けるよ!世間が今まで知らなかった彼の姿だね。マイケルは、タブロイドが作り上げたような人物像とはまったく違う。鼻が取れたりもしないし、彼の皮膚病は本当だし、彼は毎回シャツを着替えていたから、腕に皮膚病の証拠(斑点)が残っているのも僕は見た。死ぬほどガリガリでもなかった。ツアーをやるには歳を取り過ぎていたなんて事もなかったよ。


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