Berry Gordy Jr.
ベリー・ゴーディーJr.(モータウン創始者)


Berry 1929年生まれ。父親の仕事を手伝い、時にはボクサーにあこがれながらも、ビジネスを学んでゆく。24歳の時、ジャズのレコード店を開業。ソングライターからスタートし、ゴーディー家の家族資金で1959年「タムラ・レコード」を設立、初めてのレコード「Come To Me(マーヴ・ジョンソン)」をプレス。これがモータウンのレコード会社としての第1歩となった。

Q あなたとモータウンに対する様々なウワサには何年もの間、答えずにきたのに、ついに自分のストーリーを語る決心を?

BG 私は、マーティン・ルーサー・キングやジョン・F・ケネディが自分で自伝を書けば良かったのに、と思っている。私は、彼ら自身の言葉で語られる彼らのストーリーを聞きたい。私は公衆の面前にさらされるのは好まないが、それ以上に、今までのウワサにはっきりとケリをつけなければならないと感じたんだ。モータウンが大きくなり、モータウンに関する様々な誤解やウワサやゴシップに一々反論したいと思ったが、私はそうしない事を選んだのだ。モータウンの所属アーティストたちに私が与えたアドバイスに、私自身も従った。決してウワサに答えるな、と命じていたが、悩んだ。私は特に子供たちに、モータウンほど素晴らしい会社は無く、ウワサされたような人の道に外れた方法で大きくなった会社ではないのだ、という事を理解してほしかったんだ。


Q 数々のモータウン・ソングの中で、何故あなたはこの「To Be Loved(愛されること)」をあなたの自伝のタイトルに選んだのですか?

BG その事を私は常に望んでいたし、人々も人生においてその事を最も望んでいると感じていたからだ。その曲は、私の人生が最悪だった時に書いたものなんだ。私は離婚の事でとても落ち込んでいた。3人の子供たちと、とても仲が良かったからね。私は彼らをしっかりと育てたかった。私の両親が、私を育て上げたようにね。子供たちと素晴らしいコミュニケーションを持つ事は、私にとって何よりも大事だった。だが、私はそれを失うと思ったんだ。

私は姉のグエンの家に行き、離婚する事を話した。すると彼女は軽く受け流した。私は「でも子供たちが…」と言った。彼女は言った。「子供たちは、これからも、いつでも、あなたの事を愛していくわよ。私たちがあなたを愛するように…」。私は思わず泣き出した。その夜、私は彼女の小さなピアノの前に座り、この曲を書いたんだ。私はその頃起こった事が悲しくて、落ち込んでいた。でも、私は愛されている事を感じたんだ。いくつかのコードを弾き出すと、歌詞が自然に出て来た。「誰かに気づかわれ、誰かと孤独の時・絶望の瞬間を共有する。愛し、愛されるという事は何て素晴らしい気分だろう」。こんな気持ちは、人生の中で滅多に感じない事だ。


Q マイケルは、彼が子供の頃にスターになってしまったので子供時代を持つ事が出来なかった、と言っています。兄弟がモータウンと契約した時、彼はまだ10歳でした。

BG マイケルがそう思ってるとは思えないな。モータウンにいた頃、彼には子供時代はあったよ。彼らをカリフォルニアに引っ越しさせた時、私たちは毎週、野球をやったものだ。ジャクソン家 対 ゴーディー家でね。リハーサルをしていない時は、彼らはいつも遊んでいたよ。


Q ですが、彼は子供の頃、極端なほどハードに働いていましたよね。

BG モータウンに来る前、自宅でどうだったかは知らないが、モータウンに子供時代はあったよ。


Q 彼の姉・ラトーヤは父親のジョー・ジャクソンが子供たちを虐待していた、と言ってますが?

BG 私は知らないな。そのような兆候は見た事がない。私が知る限り、彼らは明るくハッピーな子供たちだったよ。ジョーと私には沢山の意見の食い違いがあった。特に、子供たちのキャリアについてね。だが、彼らは素晴らしい家族だ。子供たちとは本当に仕事もやりやすかった。彼らは私の言う事に耳を貸し、それを楽しそうにこなしていた。


Q ジョーが子供たちをモータウンからエピックへ移籍させた時、どうなりましたか?

BG 私は激怒したよ。エピックとジャクソンズの両方に訴訟を起こした。何しろ、契約が切れる1年も前の事だったからね。彼らの父親に言わせると、私たちが子供たちから200万ドルを盗んだ、と言うんだな。長い法廷闘争で結局、彼らの方がモータウンに5万ドルかそこらの借りがある、という事になった。だがその時はもう遅かった。彼らはモータウンから去っていってしまった。


Q あなたの娘さんのヘイゼルと結婚していたジャーメインは、エピックに移籍しなかった。これは彼にとって、かなりきつかったんでしょうね?

BG 確かにね。彼が、父親に対して立ち上がった勇気に感謝している。ジャーメインが言うには、父親は彼らに、モータウンはもう彼らのレコードの宣伝をしないからダメだ、と言ったそうだ。


Q しかし、ヘイゼルとジャーメインはその後、離婚します。あなたにとっても辛かったでしょう。

BG 彼らは14年間一緒にいた。今はもう一緒にいないが、彼にとって彼女ほど尊敬出来る女性はいない。彼らの離婚はこたえたよ…ジャーメインもいい男だからね。彼の事は大好きだ。


Q モータウンを去ったアーティストの中で、マイケルは最も多くのレコードを売りました。彼がそうして多くのミリオン・セラーを出すのを見て、怒ったりしませんでしたか?

BG マイケルは私の息子のようなものだ。彼には興奮したよ。彼に「モータウン25」の出演を依頼した時、彼は、私が彼の父親だったら良かったのに、と言ってくれた。

Bubbles, Michael and Berry

Q 彼にかけられていた少年虐待の容疑について、どう思われますか?

BG 私は信じない。私は、彼がとても強く、感受性の強い人間である事をよく知っている。彼がたまたま子供が好きだっただけの事だ。


Q ダイアナ・ロス、ジャクソン5、マイケル・ジャクソン、マーヴィン・ゲイ。多くのアーティストたちがモータウンを去っていきます。デヴィッド・ゲフィンはかつて、自分が育てたアーティストが自分のレーベルを去っていくのはどれほど辛いか、を語っていました。これはあなたにとっても同じですか?

BG 何年もの間、モータウンは他社から手を付けられない所だった。誰も去らなかった。みんながモータウンのアーティストを引き抜こうとした。初めて引き抜かれたのは1964年のメリー・ウェルズだった。


Q 何故、多くのアーティストたちがモータウンを去っていくのですか?

BG それは馬鹿げた質問だよ。間違った印象を与えてしまう。それを言うなら「あなたは何故、これほど長い間、多くのアーティストたちをキープ出来たのですか?」という質問にするべきだ。

本当に驚異的な事だった。さっき、君が挙げたアーティストの中で、契約が切れる前にモータウンを辞めたのはジャクソン5だけだ。ダイアナは21年間、マーヴィンは18年間、マーヴェレッツやマーサ・アンド・ザ・ヴァンデラスはモータウンを去った訳ではない。モータウンがLAに移ってから、我々が再契約しなかっただけなんだ。レコード業界の歴史の中で我が社ほど、ひとつのレーベルに多くのアーティストたちが、これほど長く在籍していた事は無いんだ。


Q あなたとダイアナの間にはロンダというお嬢さんがいます。何故、しばらくの間、彼女の父親である事を秘密にしていたのですか?

BG 母親の判断だった。彼女は、その事がしっかり理解出来るようになるまで子供には知らせるべきではない、と考えたんだ。正しい選択だったと思う。彼女がロンダに告げた時、ロンダはしっかりとその事実を受け取ったからね。


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