Beliefnet 2000

My Childhood, My Sabbath, My Freedom


2000年12月7日、宗教専門サイト「ビリーフネット」にマイケルの手記が掲載された。「My Childhood, My Sabbath, My Freedom(我が子供時代、我が安息日、我が自由)」と題された手記には、マイケルの宗教観や少年時代、父親としての子供たちへの思いなどがつづられている。



私の友人、ラビ・シュムリーとの会話の中で、彼はこのような事を言いました。彼は同僚の作家や思想家、芸術家たちに、ユダヤ教の安息日に関する意見を書いてくれるよう頼んだそうです。そして私にも同様の事を提案してきました。ちょうどローズ・ファインが亡くなったばかりだったので、私はこの件に関して非常に興味を示していた時期でした。彼女は、私が子供時代にジャクソン・ファイヴとして兄弟と各地を回っていた頃に、家庭教師として同行してくれていたユダヤ人女性だったのです。


私が音楽のキャリアをスタートさせた8歳か9歳の頃、人々はテレビに映る満面に笑みをたたえた少年の姿を目にしていました。恐らく、この少年は楽しいから笑っているのだ、幸せだからこそ心の底から歌っているのだ、これといった悩みもないから休む事なく踊っていられるのだろう、などと思われていた事でしょう。


しかし、歌い踊る事は確かに今でも私の好きな事ではあるのですが、あの頃の私にとって何よりも必要だったのは、子供時代を素晴らしいものにしてくれるふたつのもの−すなわち、遊ぶ時間と何事にもとらわれない自由な感覚でした。ほとんどの人々は、小さい頃から有名人である事がどのようなものなのか、いまだに理解してくれません。一方では面白い世界ですが同時に、非常に大きな代償が常に付きまとうのです。


何よりも、私はごく普通の少年でありたいと願っていました。木の上に小屋を作ったり、ローラースケートで遊んでみたかった。しかし、早い時期からそれは不可能となってしまいました。自分の子供時代は他の子供たちと全く違うものであると認識せざるを得なかったのです。一般的な子供時代とはどのようなものなのか、考えてしまうのです。


それでも、週にたった一度だけはステージや観衆の目から逃れられる日がありました。それが安息日だったのです。全ての宗教において、安息日とは信者が日常の仕事から逃れる事を許され、特別な事に集中する日です。私は昔からユダヤ教の安息日について、ローズ先生からいくつか教わっていました。さらに友人のシュムリーは、それがどのようなものなのかを私に説明してくれました。ユダヤ教の安息日は、食事の支度や食料の調達、庭の芝刈りといった日常の仕事を禁じる事によって、人々は通常の生活から抜け出し、自然の力を感じるのだそうです。買い物や、明かりを灯す行為さえ禁じられるのです。この安息日という日は、この世の人々が普通である事をやめなければならない日なのです。


それでも、私が何よりも望んでいたのは「普通である事」でした。つまり、私にとっての安息日とは人々に笑顔を振りまくといった、この奇妙な生活から逃れられる日を意味していました。


日曜日は、私にとっては「開拓」の日でした。この言葉はエホバの証人の布教活動を指しています。日曜日になると私たちは南カリフォルニアの住宅地へおもむき、一軒ずつ「ものみの塔」という冊子を配ったものでした。私は大人になってからも、この「開拓」を何年も続けてきました。


私はDangerousツアーを始める1991年頃まで、太って見えるスーツや付けヒゲ、メガネなどで変装して、住宅地にあるショッピングセンターや一般家庭を訪問する事により、一般的な米国市民の生活へ溶け込もうとしていました。各家庭を訪れては、子供たちがじゅうたんやイスの上でモノポリーのゲームに興じていたり、お婆さんが赤ちゃんのおもりをしていたり、そんなごく普通ではあるけれども私にとっては不思議な光景を目にするのが大好きでした。多くの人は、そんな事が面白いのか?と言うでしょう。それは私も分かっています。それでも私にとっては、確かに面白い事なのです。


おかしな事に、大人たちには「この奇妙なヒゲ面の男は誰なんだろう」と怪しまれた事はありません。しかし子供たちは直感が鋭いのか、すぐに分かってしまうのです。2度目にショッピングセンターを回った時などは、「ハメリンの笛吹き」の如く、気がつくと8〜9人もの子供たちが私を追いかけてきていた、なんて事がありました。彼らは後をつけてきてはヒソヒソ声でささやき合ったりクスクス笑ったりしていましたが、決して親たちには私の正体を明かさなかったのです。子供たちはちょっとした助手のような役目を果たしてくれました。もしかしたら、そこのあなたも私から冊子を買ったかも知れませんよ。「もしかして」と思い当たるフシがあるでしょう?


大人になるにつれ、日曜日というものは他のふたつの理由からも神聖な意味を持つようになりました。この日は教会へ出かける日であると同時に、自己鍛錬に時間を費やす日です。これでは「安息日には休む」という概念に反していると思われるでしょうが、私にとっては「神から授かった才能を磨く」といった、時間の有効活用こそが最も神聖な事なのです。神への感謝を表す最良の手段は、神からの贈り物を最大限に生かす事だと考えます。


そのような理由もあって、教会は楽しみでした。私にとって「普通」になれる良い機会でした。教会の長老たちは、他の人々と分け隔てなく私に接してくれたのですから。彼らは、リポーターたちが私の居場所を突き止めて教会へ押し寄せた時も、いやな顔ひとつせずに彼らを迎え入れたのです。結局、リポーターたちも神の子という事ですね。


子供の頃、インディアナにいた私の家族はみんなで教会へ出かけていました。大きくなるにつれて次第にそれは難しくなり、私の優しい母はそれをあきらめなければならない事もしばしばでした。様々な事情によりますます出席できなくなった時には、私は、神は心の中や音楽、美しさの中に存在するのだ、教会の建物の中だけではないのだという信念に支えられました。それでも、私は教会で感じた一体感が恋しくなる時があるのです。私を純粋に仲間として迎えてくれた友人たちや人々は今、どうしているのだろうか。一人の人間として、神と一日を分かち合うのです。


父親になった時、神や安息日に対する私の感覚は確固たるものとなりました。我が息子プリンスや娘パリスの目を見つめていると、生命の奇跡や美しさを感じます。一日一日が安息日のようです。子供を持つ事によって、この聖なる世界へ足を踏み入れる事を許されたような気がします。私は子供たちを通じて神に話しかけています。神からの恩恵に私はとにかく感謝するのみです。


他の人々と同じように、私にも神の存在を疑わざるを得ない時期もありました。プリンスが微笑み、パリスが笑う時、それらの疑いは消えてしまいます。子供たちは神からの贈り物です。いや、それ以上でしょう。彼らは神のエネルギーや創造力、愛の結晶なのです。子供たちの無垢さやいたずら好きな中にも神の姿を見出す事はできます。


私が子供時分に最も貴重だったのは、自由になれる日曜日でした。自由の日、それこそが私にとっての安息日だったのです。今は父親としての役目を果たす事によって、この自由で魅力的な毎日を体感しています。驚くべき事に、我々には毎日を素晴らしい日にする能力が備わっています−それが安息日なのです。子供時代の不思議にもう一度目を向ける事によってそれは可能となります。息子たちや娘たちに全ての心を捧げるのです。彼らと共に過ごす時こそが安息日であり、共に過ごす場所こそが天国なのです。


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